真々庵時代におけるPHP研究所の研究活動では、しばしばラジオ放送の録音が使用されていました。所員がオープンリールでラジオ番組をあらかじめ録音しておき、松下幸之助と研究員でその録音を聴取して、内容について話し合う形式がとられています。
まず、昭和36(1961)年9月15日に「宗教放送はこれを録音し、研究所員一同講義開始前、聴取することとする」(研究日誌)と決められました。同年9月19日から聴取が開始され、この日は「宗教放送『円応教』『西本願寺』聴取」と、『研究日誌』に記されています。
昭和37(1962)年1月26日からは、大阪府知事で真宗大谷派の僧侶でもあった左藤義詮氏の番組『心を洗う』(朝日放送)を聞くようになりました(※1)。この番組は、ほぼ毎回欠かさず録音され、研究の際に聴取しています。番組を選ぶ基準については、このころ「体験的なものでなく教義的なものを選ぶ。また歴史講座もあれば録音する」と決められました(※2)。
朝日放送の『宗教の時間』とNHKの『人生読本』も、しばしば聴取されていた記録があります。同年5月31日、『宗教の時間』に出演した東本願寺の「広瀬師」の放送について、幸之助は「一般の人にはすこしむつかしすぎる」とか「もっとわかりやすく話をする人を選んで放送することが必要である」(研究日誌)と感想をもらしています。同年7月20日、『人生読本』に出演した鈴木大拙氏の「日本人の生活」は、その力強い話しぶりに共鳴し、指導者も「正しいことをハッキリと主張せねばならない」と言いました。
また、ラジオだけではなく、研究活動にテレビジョン放送を用いたこともありました。同年1月5日、午前11時15分より関西放送にて、松下電工提供のテレビ番組『ご存じですか』が放送され、幸之助が出演しています。幸之助と所員が「サロンにて視聴する」と記録されており、放送時間に合わせて集合していたようです(PHP研究所誌)。同年3月12日には、「湯川秀樹博士のテレビでの講演、“科学文明の中の人間”」が取り上げられており、当時はまだ録画ができなかったので、番組の音声だけを録音したテープを使用しました(研究日誌)。
1)放送の内容は後に、左藤義詮『心を洗う』(創元社、1962年)(写真)、『続 心を洗う』(同、1963年)と2冊に分けて単行本化されました。これらによると、番組は久保田鉄工所がスポンサーとなり、毎週日曜日朝7時から12分間、朝日放送のラジオで放送されていました。
2)『研究日誌Ⅰ36.8-37.3』161頁、昭和37(1962)年1月29日の記述。