松下電器会長に就任した松下幸之助は、以前にも増して講話をする機会が増えました。PHP研究所では、幸之助の講話を書籍にまとめていった経緯を記録しています。

 

 記録によると、昭和37(1962)年12月18日に初めて『松下幸之助講演集』が発刊できないか検討されています(研究日誌)。この時に、「これからは会長講話集として系統的に計画的にまとめてゆく」とか「松下電器弘報課としてまとめていたものも、PHPで出版して会社で買ってもらうことにしたい」と決めており、弘報課の業務を引き継ぐ形で始まった様子が分かります。

 

 この案は、昭和38(1963)年1月11日、「出版OK」(研究日誌)となり、同年2月1日づけで「PHP出版社」から『処世雑感・松下幸之助講演集(1)』が発刊されています(上写真)。奥付によれば「非売品」となっており、松下電器社員に幸之助の理念をより深く知ってもらうことを目的としていたようです。

 

 昭和38(1963)年3月8日には「第二講演集」の準備が始められました。これまでは「研究打ち合わせ」や研究会のなかで行われていた編集会議が、このころから研究会とは別の「研究出版打合せ」とか「出版業務打合せ」という会議になっています(研究日誌)。同年5月20日、『経営雑感 松下幸之助講演集/第二集』が「PHP出版社」から「非売品」として発刊されました(下写真)。

 

経営雑感

『経営雑感』

 

 これらをへて、昭和38(1963)年6月15日に、幸之助は書籍を翌年1月から市販するよう指示しています(※1)。翌々日の17日に研究所員は「編集計画、PR計画、販売計画、資金計画、人員計画」について検討を始め、「出版界の現状を調査すること」になりました(研究日誌)。

 

 また、こうした作業を通じて、幸之助の録音テープをいかに整理するかが、課題として持ちあがりました。昭和38(1963)年3月8日「研究打ち合わせ」では「松下会長テープライブラリー」を設ける必要が研究員より指摘されています(研究日誌)。「(1)保存体制の再検討、元帳づくり、メモ内容等、(2)社史編纂室へコピーを分散、(3)本社、渡辺副長にコピーの配慮」などが話し合われました。同年5月16日の「研究打合せ」では、「真々庵開所以来の会長講演録を作成のこと(場所、日時、対象、テーマなど)」と決められています。
以後、幸之助の録音テープを整理・保管する作業は継続され、今日のPHP研究所へと引き継がれています。

 


1)『研究日誌』には6月17日の「出版打合せ」に、「明年1月から市販する(所長6/15言)」という記述があります。15日は幸之助を交えた研究会のほか、「ベルネックス貿易通商使節団ご一行14名」(PHP研究所所誌)が来庵し、幸之助が応対しました。

 

 

参考

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松下幸之助資料収集・整理