昭和40(1965)年4月13日に真々庵で開かれた研究会で、松下幸之助は太平洋戦争の終結と昭和天皇について述べました。「戦争の終結にしても天皇がいなければなされなかったかもしれぬ。目に見えぬ力がはたらいている」(研究日誌)と説き、天皇が国民の「幸せを願うという伝統」が日本にあるとしています。このことから「道徳は実利に結びつく。天皇を愛することは全国民の実利に結びつく」と主張しました。

 

 これがきっかけとなり、道徳と実利の関係がしばしば研究の際に取り上げられるようになります。昭和40(1965)年11月17日、『実業の日本』に連載していた「あたらしい日本 日本の繁栄譜」について、「教育の次には“道徳は実利に結びつく”ということをやりたい」と言いました。同誌昭和41(1966)年2月1日号で、幸之助は「道徳は実利に結びつく」を掲載し、「戦時中の誤った道徳を正すというよりも、道徳や道徳教育そのものを否定するような傾向が強かった。そしてそういう風潮が戦後ずっと続いた」と述べ、「衣食足りて礼節ますます乱る」と当時の世相を批判しています。同年同月発行の『PHP』第213号にも、同じ文章が掲載されました。

 

 やがて、全23頁のパンフレット『道徳は実利に結びつく』(写真)が制作されました。最終頁に「印刷」が昭和41年4月とだけ記載があり、日付は明記されていません。

 

 パンフレットについて「発送計画」と「発送報告」と題する一次資料が現存しています(所史ファイル)。同年6月には、中央官庁に10,000部、地方官庁に12,000部、代議士や知事などに1,400部、県市会議員に20,500部、その他文化人や弁護士、財界人も合せて、合計60,000部が贈呈されました。反響を受けて8月にも追加発送が行われ、もっとも多く割り当てられたのは教育関係者であり、小中高の学校長や大学の学長、県や市の教育委員長など、40,000部が送付されています。

 

 昭和41(1966)年8月15日現在、経費総計4,562,818円、部数累計173,000部と記録されています。資料によれば、常磐相互銀行、日通商事、興産信用金庫、兵庫県警察本部、大阪中央郵便局では、社内報などのメディアにパンフレットの内容が転載されました。全国各地方から送られた反響の手紙は、真々庵で幸之助にその都度報告されています(研究日誌)。