Q175:幸之助の以下のエピソードで当てはまるものは?

松下幸之助が東京の浅草寺に雷門を寄贈したことは広く知られています。幸之助に浅草寺と縁ができるきっかけは自身の体の不調にありました。それは何だったでしょうか?

(1)眠れなくなった

(2)胃が悪くなった

(3)足が動かなくなった

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解答&解説コラム

(3)が正解です。

 家電ブームで松下電器の業績が大きく伸びていた昭和30(1955)年ごろ、松下幸之助は過労のため、原因不明の神経痛に悩まされていました。ついに足腰が動かなくなり、西洋医学、東洋医学など、さまざまな治療を試みましたが、効果はありませんでした。

 そんなある時、知人が浅草寺でご祈祷(きとう)をしてもらったらどうかと勧めます。ものは試しと、清水谷恭順(しみずたに・きょうじゅん)・貫首(かんす)に祈祷をしてもらったところ、不思議なことに治り、幸之助はお礼としてテレビを寄贈しました。

 これが縁となり、今度は貫首の方から、昭和33(1958)年12月、松下電器東京支店を訪れました。幕末に焼失してから100年近くのあいだ再建ができていない雷門についての相談です。再建には巨額の費用がかかると正直に述べると、幸之助は10秒ほど考え、「それでは寄付させていただきます」と即決します。同時に「あまり名前は出さないでください」と条件をつけました。

 貫首はこの上なく喜び、「松下幸之助さんが匿名で寄付してくれた」と方々に触れて回わってしまい、寄付の事実は広く知られました。「私は世間知らずの坊主でございます」と言っていましたが、あえて松下電器の宣伝をすることで、恩返しがしたかったのではないかと考えられています。