上から数えて二十五番目の取締役が社長に就任した、昭和五十二年二月の松下電器の社長交代は、その意外さで世間をあっと言わせ、マスコミ、財界の格好の話題となった。その新社長の就任からしばらくして、当時相談役だった幸之助が社長室に、一枚の額を持って入ってきた。「大忍」という字が書かれ、"松下幸之助"と署名してあった。そして、こう言った。

「自分も同じ額を部屋にかけておく。きみがこの額を見るとき、私も見ているだろうと思ってくれたらいい」

 そのときのことをその社長は退任後、自分の著書のなかでこう述べている。

「社長就任以来、私はみずからの信じるところをやってきたし、いうべきことも率直にいってきた。ときには、そうした言動が相談役の気に沿わぬこともあったかと思う。実際、人事や施策について意見が一致しないこともままあった。
 そのため『葛藤があるのではないか』などと噂を立てられもした。また、決定が早く、性急でさえあった私の態度をみて、『あの男はクールで話しにくい』といった声もきいた。
 相談役は、こうした私を心配してくれたのだと思う。人間、ときには辛抱も必要ということを私に教えるために『大忍』の額をわざわざ持参されたと思う」