バイメタル方式の自動トースターが開発されたときのことである。開発にあたった技術者二人が、試作品を持って本社の製品審査室に赴いた。審査室は新製品を検査する部署であるが、二人が廊下で待っていると、会議に行くために、たまたま通りかかった幸之助が声をかけた。

 

 「きみたち何や」
 「自動トースターを持ってきました」
 「自動トースターって何や」
 「パンを入れてボタンを押すと、ちょうどころあいに焼けて出てくるんです」
 「へぇ、そんなええもんができたんか。それ見せてもらおう」

 

 幸之助は、受付の女性社員を呼んだ。
 「会議は欠席や。これからこの二人と昼飯食うわ。食パンと牛乳買うてきて」

 

 女性社員が買ってきた食パンをトースターに入れ、三人が固唾をのんで見守るうちに、パタンという大きな音がしてパンが飛び出し、空中で一回転、見事に幸之助の正面の机上に着地した。びっくりして顔を見合わせる二人に、幸之助は言った。
 「きみ、うまいことできとるな。しかし、これはちょっとできすぎとちがうか」

 

 試作品のバネの調整が強すぎた結果であったが、たまたま通りかかった社長が、みずから試作品を試してくれたこの行為は、若い技術者に何よりの励ましを与えるものであった。