幸之助が会長になってまもないころ、ある新聞記者が取材に訪れて、こう質問した。
「松下さん、あなたの会社は急速な発展を遂げてこられましたが、どういうわけでそうなったのか、その秘訣というようなものをひとつ聞かせてもらえませんか」
「秘訣といわれても、特にそういうものはありませんが、あえて言えば、天地自然の理法に基づいて仕事をしてきたということですかな」
「それはいったいどういうことですか」
「いや、別にむずかしいことではありません。たとえば、あなたは雨が降ったらどうされるかというと、傘をさすでしょう。雨が降れば傘をさす、それが私は天地自然の理法に則した行き方だと思うのです」
「………」
「つまり、そうした行き方のなかに商売のコツというか、経営のコツがあるのではないかということです」
「………」
「雨が降っているのに傘をささなかったら、濡れてしまう。だからだれもが傘をさす。そうすれば濡れないですむ。これは当然の話です。
経営とか商売でも同様で、原価一円のものは一円十銭とか一円二十銭という適正な価格で売る。そして、それを売ったら、必ず集金をするといっただれでも考える当然なことをきちんとしていくことが大事です。ところが現実の商売となると、原価以下で売ったり、売っても集金をしなかったり、あたかも傘をささずに歩きだすようなことを、しばしばしがちなんですね。
ごく当たり前のことを適時適切に行なっていけば、商売なり、経営というものは、もともと成功するようになっている。私はそう考えて、そのように努めてきたのですよ」