一月十日。松下電器では毎年この日に経営方針発表会を行なっているが、とりわけ昭和五十三年のそれは、創業六十周年にあたることもあり、例年にも増して、意義深い日であった。

 

 その日、幸之助も例年どおり経営方針発表会に出席し、つぎのような挨拶をした。

 

 「今から六十年前に、松下電器を創立したときは、わずか三人でした。六十年後の今日では、松下電器は六万人を超える人数になっています。関係会社を入れると十五万、そういう人たちが、みんな松下電器で仕事をしているのかと思うと、私としては夢のようです。
 六十年といいますと、個人であれば還暦ということで、また元へ返って、もう一度一からやり直すというならわしがあります。松下電器も本日もう一ぺん元に返って、十五万人から再出発するのです。
 このつぎの六十年には、私はおりませんでしょう。皆さんもいないかもしれません。しかし、とにかく発展したその巨大なる姿は、想像もつかないほどになっていると思います。
 私は、この六十年間に、これだけの仕事をしてくださった皆さんに、心からお礼を申しあげます」

 

 幸之助はそう言うと、演壇から歩み出て深々と三度頭を下げた。

 「皆さんどうもありがとう」
 幸之助が頭を下げるたびに、会場に大きな拍手がわきあがった。