かつて金融が逼迫して、いわゆる金づまりのおりに、ある友人が、五千万円ほど融通してほしいと、幸之助のところに頼みに来た。
話を聞いてみると、売掛金の回収が思うようにいかず、銀行にもある程度は借りたが、もうこれ以上は、と断わられたという。
「銀行でもダメだというものを、ぼくに貸せるわけがないじゃないか。いったいその売掛金はいくらあるんだね」
幸之助は尋ねた。
「二億五千万円ほどある」
「きみ、それだけ債権があるんなら、集金したらいいじゃないか。五千万円くらいわけはないだろう」
「いや、こういう金づまりのときだから、お得意先も困っている。ふだんのとおりの集金でも精いっぱいなのに、例月以上もらうことはとても無理だよ」
幸之助は、一面そのとおりだと思ったが、あえてこう言った。
「しかし、きみのところは、今、尻に火がついているのだろう。いわば非常時じゃないか。その実情を率直に話して、支払いをお願いしてみてはどうか。二億五千万円全部というわけではない。そのうちの五千万円分だけでいいのだから、それくらいは、お得意先のたいていのところは払ってくれると思うがね」
「しかし、そんなことをしたら、会社の信用を落としてしまわないかと心配なんだ」
「それは、きみ、心配ないと思うよ。売掛金はあくまで貸し金なのだから、いただくのが当然だ。いわば先方には払う義務があるわけだ。けれどもお得意先は、きみの会社が余裕をもって楽々とやっていると思い、つい安心して支払いがルーズになっているのだろう。だから実情を知れば、必ず払ってくれるよ。それをきみ、貸し金を取り立てようともせず、新たに借金をするなどということをすれば、それは商道に反することだから、かえって信用を落とすことになるんではないかね」
それからしばらくして、その友人がまた幸之助を訪ねてきて言った。
「松下君、実はきょうは礼に来たのだ。
きみが言ったようにお得意先にありのままを話してお願いしたところ、大いに同情されてね。おかげで五千万円のつもりが七千万円も集金できた。それだけではなく、"しっかりやってくれ"と激励もされて、これまで以上に品物を仕入れてくれるようになった。
これまでは体裁ぶって集金をルーズにしてきたが、これからはもっと真剣に、キッチリとした商売を心がけていくつもりだ。ありがとう」