ある課長を、工場長に任命したときの話である。最近の仕事のことなどについてひとしきり懇談していたが、幸之助は突然話題を変えて、こんなことをきいた。
「ところできみ、学校はどこを出ているのや」
「はあ、神戸高商を出ています」
「そうか、神戸を出て、うちに入ってくれたんやな。それじゃあきみ、なぜ神戸高商を出ることができたんや」
「そうですねぇ、一つは父親がある程度金をもっていたからだと思います」
「うん、ほかに何かないか」
「もう一つは私の成績がそこそこだったこと。この二つが大きな要因だと思いますが……」
「そうか、もうないか」
「………」
「きみ、その学校はだれが建てたんや。まさかきみの親父さんが建てたんとちがうやろ。それは確かにきみの成績もよかったし、親父さんがある程度金をもっていたから学校へ行けたわけやけれど、その学校はいったいだれが建てたんや。国が建てたのとちがうか。国が国民の税金で建てたのやろ。その税金はといえば、きみと同じ年で、小学校を出てすぐに働いている人たちも納めている。ということは、きみが学校を出られたのは、きみと同年輩の人たちが働いて学校を建ててくれたから、ということにもなるな……ちがうか」
「そのとおりです」
「そうするときみは、小学校を出て働いている人たちよりも、数倍大きい恩恵を社会から受けていることになるが、きみ、それはわかるな」
「はい」
「とすれば、きみはそういう人たちの数倍のお返しを国なり社会にしなくてはいけない。ぼくはそこのところが非常に大切だと思うんやが、どうやろ」
「確かにおっしゃるとおりです」
「きみ、ほんとにそのことがわかるな」
幸之助は念を押すように問い返すと、こう続けた。
「それがわかったらきみ、今晩すぐ電車で名古屋へ行ってくれ。きみに名古屋の工場長をしてもらおうと思うんや。それがわかってさえいれば、きみは工場長がすぐできる」