撹拌式や噴流式が開発され、電気洗濯機がようやく家庭に普及しようとしていたころ、松下電器はこの分野で他社に後れをとっていた。台所革命、家庭電化の、いわば尖兵を務める洗濯機で立ち後れるということは、社の将来を左右する大きな問題であった。

 

 そこで、幸之助は製造、販売の責任者を集めて会議を開いた。
 営業の責任者たちからは、製造側に対して、もはや営業側の努力のみではいかんともしがたいところまで来ている、もっとよい製品をつくるようにとの強い要望が出た。

 

 じっと聞いていた幸之助は、おもむろに口を開いた。
 「営業のほうは製品を批判するばかりではなく、自分たちの責任も自覚しなければいかん。けれど、他のメーカーの製品とそれだけの差があるのでは、第一線で売れといっても売れんな」
 そして、製造責任者に対して非常に厳しい叱責をした。

 

 「他メーカーに劣るような洗濯機をつくっとったのでは、後れをとるのは当然や。将来のことを考えても大問題やと思う。なぜ、そんなものができたのか。きみ自身がほんとうに命をかけて洗濯機というものをつくっていないのとちがうか!」
 「まことに申しわけありません。しかし、あと三カ月だけ待ってください。三カ月のうちに必ず営業や社長の期待にそうような洗濯機をつくってみせます」

 

 製造の責任者がその意気ごみのほどを見せたので、これで会議が終わるとその場にいた全員が思った。しかし、幸之助は、厳しい調子でさらに続けた。
 「わかった。三カ月待とう。三カ月待つけど、三カ月たってすぐれた製品ができなかった場合は、きみ、どうするか。そのときはきみの首をもらうがいいか。その血の出る首だよ! きみ!首をくれるな!」
 そう言って、手をぬっと差し出したのである。