幸之助が、トヨタ自動車から講演を依頼された。当日は、名古屋の特機営業所所長が名古屋駅まで車で出迎えた。トヨタ自動車の本社までの車中で幸之助は、沿道の建設中の建物について、「あれは何が建つのか。施主はどこで、建築設計はどこか。うちの電設資材はどれくらい納めさせてもらっているのか」といちいち所長に尋ねた。

 「ここは何や」

 「ここはM地所さんの土地で、五階建てのビルを建てることになっています。向こうにはM電機さんがありますから、うちの製品の入る余地はないんです」

 「きみな、M電機さんはバッテリーやってへんで。お願いに行ったか」

 

 また別のビルの前では、
 「あそこは今折衝中ですが、ちょっと難航しています」
 「どこの銀行が入っているのや」
 「S銀行さんです」
 「そうか。また本社からもお願いしとくわ」
 といった調子であった。


 さらに車が進むと、広々とした畑の中に、「テレビはナショナル」と書いた広告塔が立っていた。
 「きみ、あの看板はだいぶ剥げているが、あれでは金を払って公害をまき散らしているようなもんや。なんで直さんのや」
 「いや、あれは本社の宣伝部の管轄ですので……」
 「きみはトヨタさんへ週二回も訪問しているのなら、往復四回も見ていることになる。なのに、なんで汚れに気がつかんのや。気がついとったら、なんでそれを担当の人に言うて直させんのや。きみはそれでも松下の人間か」