守りとおした男と男の約束――共存共栄への願い〈2〉
共存共栄

守りとおした男と男の約束――共存共栄への願い〈2〉

 戦前のこと、ある電気器具をめぐって、業界で激しい過当競争が行なわれたことがあった。原価を十とすれば損を承知で八、七といった安値で売る。売れば売るほど損が出る。そんな安売り競争

まず願うこと――繁栄への発想〈2〉
発想法

まず願うこと――繁栄への発想〈2〉

 “川にダムがなければ、少し天候が狂っただけで、洪水になったり、干ばつになったりする。しかしダムをつくれば、せきとめ溜めた水をいつでも有効に使うことができる。それは

「産業人の使命」を知った日――経営の姿勢〈2〉
経営

「産業人の使命」を知った日――経営の姿勢〈2〉

 昭和四年の未曾有の不況を乗り切ってから三年、松下電器は順調な歩みを見せていた。店員約二百人、工員約千人。事業分野も、配線器具、電熱器、ランプ・乾電池、ラジオの四部門、製造品目

それでも松下の人間か――仕事を見る眼〈2〉
仕事

それでも松下の人間か――仕事を見る眼〈2〉

 幸之助が、トヨタ自動車から講演を依頼された。当日は、名古屋の特機営業所所長が名古屋駅まで車で出迎えた。トヨタ自動車の本社までの車中で幸之助は、沿道の建設中の建物について、「あ

運命の分かれ道――人生断章〈2〉
人生

運命の分かれ道――人生断章〈2〉

 大正七年に松下電気器具製作所を創設し、ようやく軌道に乗り始めた翌八年の暮れのことである。大阪電灯会社時代の知人がひょっこり訪ねてきて、幸之助に一つの提案をした。  

役に立たない人はおらん!――人を見る眼〈1〉
人材育成

役に立たない人はおらん!――人を見る眼〈1〉

 昭和三十年代の前半、あちこちに事業所が増えつつあった松下電器の急成長時代のことである。ある営業所長が、幸之助に、自分のところは新しい職場で、いろいろなところから人をまわしても

このごろ腹減らへんか――情を添える〈1〉
心くばり

このごろ腹減らへんか――情を添える〈1〉

 戦前の話である。入社一年目のある新入社員が、正月に夜遅くまで残業していてお腹が減ってきた。正月なので、もちろん食堂は休みである。ふと、修養室に鏡餅があることを思い出した。

自主責任経営は共存共栄の第一歩――共存共栄への願い〈1〉
共存共栄

自主責任経営は共存共栄の第一歩――共存共栄への願い〈1〉

 過当競争によって業界が大きく混乱していた昭和三十年代の後半のことである。ある地区の販売店の集まりに出席した幸之助に、こんな質問が飛び出した。    「松下電器が

ぼくは婦人を解放した――繁栄への発想〈1〉
発想法

ぼくは婦人を解放した――繁栄への発想〈1〉

 昭和三十六年ごろから、松下電器は海外からの賓客を迎えることが目立って多くなった。ソ連のミコヤン第一副首相もその一人である。  そのとき、幸之助とのあいだでこんなやりとりがあ

経営者の孤独――経営の姿勢〈1〉
経営

経営者の孤独――経営の姿勢〈1〉

 戦後まもなくの話である。松下電器には個性の強い社員が多かったが、そのなかに仕事はできるが、非常に気性が激しく、喧嘩早い者がいた。    ある日、いつもの喧嘩相手

何のための仕事かね――仕事を見る眼〈1〉
仕事

何のための仕事かね――仕事を見る眼〈1〉

 昭和十三年ごろのことである。  毎日のように工場と事務所を巡回していた幸之助が、ある青年社員に声をかけた。    「きみ、その仕事は何をやっているのかね」

紀ノ川駅の別れ――人生断章〈1〉
人生

紀ノ川駅の別れ――人生断章〈1〉

 幸之助が社会に第一歩を踏み出したのは、尋常小学校四年の秋のことである。  生家は村でも上位に入る小地主で、かなりの資産家であったが、幸之助が四歳のとき、父親が米相場で失敗、