まず国内を満たしてから――繁栄への発想〈5〉
発想法

まず国内を満たしてから――繁栄への発想〈5〉

 第二次世界大戦後六年たった昭和二十六年秋、幸之助はヨーロッパを訪ね、ドイツのハンブルクのホテルで宿泊した。崩れた建物がそのままになっているなど、街には戦後の匂いがまだ相当に残

自分ばかりしゃべりはった――経営の姿勢〈5〉
経営

自分ばかりしゃべりはった――経営の姿勢〈5〉

 昭和三十六年秋、幸之助が九州のある取引先の工場を訪れたときのこと。三十分ほど工場を見学し、そのあと社長、工場長と十分間ほど歓談した。  帰りの車中で幸之助は、随行していた九

とどめをさす――仕事を見る眼〈5〉
仕事

とどめをさす――仕事を見る眼〈5〉

 昭和二十年代後半、松下電器東京特販部は、生産販売を始めたばかりの電気冷蔵庫を、当時日本一といわれていたデパートに納入すべく懸命の努力を重ねていた。  当時、そのデパートの電

あらええで、もろとき――人生断章〈5〉
人生

あらええで、もろとき――人生断章〈5〉

 大正四年九月、幸之助は井植むめのと結婚した。幸之助二十歳、むめの十九歳。  見合いを勧めたのは姉である。    「九条の平岡という炭屋からこんな人がいると勧め

授業料出してんか――人を見る眼〈4〉
人材育成

授業料出してんか――人を見る眼〈4〉

 昭和八年七月、松下電器門真本店竣工。次いで九月、第十一、十二工場完成。来賓を招待し、三日間にわたって披露をすることになった。  新工場群の一隅に、柔・剣道の道場として尚武館

長男を亡くした親友への励まし――情を添える〈4〉
心くばり

長男を亡くした親友への励まし――情を添える〈4〉

 親しくつきあっていた製菓会社の社長の長男が、昭和二十五年、三十九歳の若さで急死した。次男、長女もすでに亡くなっており、たった一人残った長男はまさに社長にとっての宝物であった。

きみはなぜ学校を出られたか――共存共栄への願い〈4〉
共存共栄

きみはなぜ学校を出られたか――共存共栄への願い〈4〉

 ある課長を、工場長に任命したときの話である。最近の仕事のことなどについてひとしきり懇談していたが、幸之助は突然話題を変えて、こんなことをきいた。  「ところできみ、学校

世間が待ってくれるか――繁栄への発想〈4〉
発想法

世間が待ってくれるか――繁栄への発想〈4〉

 ある事業部の経営がなかなかうまくいかず、事業部長が交代して立て直しをはかることになった。新任の事業部長は幸之助に、「いろいろ実態を調べましたが、これは必ずよくなります。だから

ネコとネズミ――経営の姿勢〈4〉
経営

ネコとネズミ――経営の姿勢〈4〉

 戦後の復興に取り組んでいたころ、松下電器が五十万本の真空管の月産に成功して、当時、真空管メーカーではトップであったT社の四十五万本を五万本上回って日本一となったことがあった。

電池が語りかけてくる――仕事を見る眼〈4〉
仕事

電池が語りかけてくる――仕事を見る眼〈4〉

 第二次世界大戦後の混乱期には、原材料も乏しく、乾電池にも不良が出ることがしばしばあった。  そんなある日、乾電池工場を訪れた幸之助は、責任者から不良が出る状況について説明を

おれは運が強いぞ――人生断章〈4〉
人生

おれは運が強いぞ――人生断章〈4〉

 幸之助は、十五歳のとき、町を走る市電を見て電気事業にひかれ、六年近く勤めた五代自転車商会をやめた。そして大阪電灯会社への入社を志願するが、欠員が出るまでの三カ月間、セメント会

おまえまでが......――人を見る眼〈3〉
人材育成

おまえまでが......――人を見る眼〈3〉

 松下電器の社員が五十名くらいになっていた、夏の暑い日であった。その日のうちに、どうしても仕上げてしまわなければならない仕事があって、五、六人の社員が幸之助から残業を命じられて