ある若い社員が、灯器の工場長に任命された。赴任してから二週間のあいだ、毎日、朝夕二回、ときには夜中に自宅へ、幸之助から電話があった。
 「きょう従業員はどうや、みんなで何人来てる」「困ったもんはおらんか」「きょうの売上げは何ぼになった」……
 やがて電話は、三日に一回、一週間に一回、二週間に一回と減っていった。幸之助は、電話でのやりとりを通じて、新前(しんまえ)工場長の指導育成をはかっていたのである。

 

 ときにはあえて、こんな方法もとった。
 アメリカへのランタンの輸出が伸びているとき、その工場長に幸之助から電話があった。
 「きみ、今ランタンはどのくらい出ているんや」
 答えを待ってすぐつぎの質問が続く。
 「そのランタンにはパテントがあるのか」
 「はい、三件あります」
 「きみ、そのことをちゃんと紙箱に印刷しておるやろな」

 

 さて、どうだったか、自信がない。工場長は正直に答える。
 「たぶんしているとは思いますが……。申しわけありません」
 「パテントというようなものはちゃんと表示しておかなくてはいかんよ」
 「はい、すぐ確認しておきます」

 電話を切ってさっそく確認してみると、パテントは確かに表示されていた。
 「ああ、よかった」

 

 数日後、本社を訪ねたおりに工場長は、幸之助の秘書からこんなことを耳うちされて驚いた。
 「このあいだ、社長があなたにランタンについていろいろ質問しておられたでしょう。実はあのとき、社長はランタンの紙箱を見ながら電話しておられたのですよ」