本コラムでは、松下幸之助をはじめとする日本の名経営者・実業家の考え方やことばを紹介しながら、リーダーとして心得ておきたい経営の知恵を解説します。

 

<真の経営者とは> 従業員の生活を保障する責任

従業員たちのことを考えたら失敗できない

 子会社の経営を任せた二人の幹部が、経営がうまくいかないと悩みを訴えてきたとき、松下幸之助は次のようにいったという。

 

 「君たちはそんなことをいうが、この仕事は、絶対に失敗はできないのだ。なぜなら、もし『この事業がうまくいかないから、何かほかの商売をやれ』といったら、君たちはすぐ自分でほかの商売を見つけてうまくやるにちがいない。経営者としてそれだけの自信はもっているだろう。だから、私は君たちの将来のことなどはひとつも心配していない。しかし、私と君たち二人を信頼して入ってきた従業員は、あしたから独り立ちしてメシを食っていけるだろうか。今『この事業は失敗したからやめる』といってしまったら、従業員たちはあしたから路頭に迷うことになる。それを考えたら絶対に失敗はできないのだ」
 

 企業の安定発展のため、経営者にはさまざまな責任が課せられているが、なかでもとくに大きいのは、従業員の生活を保障するということではないか。雇用を安定させ、いついかなることが起ころうとも、従業員が生活していくに足るだけの賃金を安定的かつ恒常的に保障し、従業員がしっかりと働ける環境を維持する、これが経営者としての基本的な責任、義務といってよいであろう。

 だが、少し景気がよくなると、安易な拡大、拡張に走り、どんどんと人を雇う。逆に経営状態が悪くなると、いとも簡単に賃金をカットする、果てはクビを切るといった姿がまま見られる。こうしたことは経営者としての責任感に欠けた、みずからの無能をさらけ出した姿といわなければならない。

 

石田退三氏が手本にした服部兼三郎氏の生き方

 トヨタの大番頭といわれた石田退三氏は、経営者のモラル、責任ということが話題にのぼるたびに、かつて勤めていた服部商店(現興和紡績)の創業者、服部兼三郎氏の生き方を思い出し、みずからを厳しく律していたという。

 服部氏は、大正九年の大恐慌の際に、多額の未回収の債権を抱え、その責任をとってみずから命を絶ち、会社のために、私財と生命保険を残したのである。服部氏の死を聞いた取引先は進んで債務の支払いに応じたという。

 自分が興した会社ながら、「一服部の私企業ではない」といって責任をとった服部氏の姿に、石田氏は「経営者のモラルのすべてを見る」と語っている。服部氏の例は極端であるとしても、経営者には、こうした覚悟が一面やはり必要なのではなかろうか。

 経営者には日ごろから、従業員とその家族の生活と幸せの基本は自分が担っているのだという強い自覚と覚悟が求められているのである。

 

◆『部下のやる気に火をつける! リーダーの心得ハンドブック』から一部抜粋、編集
 

筆者

佐藤悌二郎(PHP研究所専務取締役)
 

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