本コラムでは、松下幸之助をはじめとする日本の名経営者・実業家の考え方やことばを紹介しながら、リーダーとして心得ておきたい経営の知恵を解説します。

 

<事業を伸ばす要諦> "お客さま大事"に徹する

塩原多助にみる“商人の心”

 塩原多助という江戸時代の商人のこんな話がある。炭を一俵単位で売るのが習慣であった当時、多助は、ばら売りを始めた。すると、一俵買うだけの余裕のない人たちが、伝え聞いて遠方からもやってくるようになった。
「炭を七〇文ください」
「わしは五〇文でいい」

 

 冷たい木枯らしのなかを、貧しい身なりの人たちが、多助の店を訪れては、少量の炭を買っていった。
「これで今夜は暖かく過ごせます。ありがとうございます」

 

 ばら売りは手間ひまがかかったが、お客が入れ替わり立ち替わり来るので、商品の動きが早く、一俵単位で売るよりかえって儲かった。貧しい農家に育って貧しい人々の心がわかったからであろう。多助はばら売りをしても、割高の値をつけるようなことはなかったという。

 

 これは昔の話だが、今日においても大事な“商人の心”を伝えているように思われる。こうしたお客さまの身になったお客さま本位の行き方、“お客さま大事の心”は、いくら時代が変わろうと、またどのような規模の会社になろうと、忘れてはならない大切な心であろう。

 

命を賭けるほどの真剣さで

 今日、企業を取り巻く情勢はめまぐるしく変化し、競争も激しくなっている。市場、消費者の興味、関心はたえず動き、寸時も油断のできない状況にある。

 

 そうしたなかで、企業は、人々のニーズに合った商品、真に喜ばれるサービスを、必要に応じて、適正な価格で提供していかなければならない。消費者、お客さまの側から発想した消費者本位、お客さま本位の商品、サービスを、ムダを省き、合理化を進めてより安く供していくことが求められている。

 

 だが、それは、並の努力ではできない。やはり何よりも“お客さま大事の心”に徹し、命を賭けるほどの真剣さでみずからの仕事に臨んでいくところに、はじめて可能となるのである。

 

 今日、事業に携わっている人で、“お客さま大事”という言葉を唱えない人はいない。あらゆる企業が顧客第一を標榜し、CS(顧客満足)の大切さを叫んでいる。しかし、心からそう考え、命を賭けるほどの真剣さをもって、物をつくり、サービスに努めているかどうか。顧客満足ならぬ自己満足に終わっていないかどうか。結局、事の成否は、“お客さま大事の心”がどれだけ一人ひとりの血と肉となり、それを徹底して実践できるかどうかにかかっているといえよう。

 

◆『部下のやる気に火をつける! リーダーの心得ハンドブック』から一部抜粋、編集

 

筆者

佐藤悌二郎(PHP研究所客員)

 

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