本コラムでは、松下幸之助をはじめとする日本の名経営者・実業家の考え方やことばを紹介しながら、リーダーとして心得ておきたい経営の知恵を解説します。

 

<ゆとりと活力を生む経営>心の支え、よりどころをもつ

何のためにこれをなすのか

 経営者の一日は、断を下すことに始まり、断を下すことに終わるといっても過言ではない。そしてその決断のいかんによって、事業の盛衰が大きく左右される。その意味で、経営者にかかる重圧たるや、なまなかなものではない。その重圧に押しつぶされそうになることも、一再にとどまらないはずである。

 

 そのような厳しい日々を乗り越えていく一つの大切なカギは、やはり経営者として、何らかの心の支え、よりどころとなるものをもつことであろう。それは、宗教の教えや思想、哲学、あるいは社員や家族との人間関係など、さまざまなものに求められよう。が、何といっても肝心なのは、何のためにこれをなすのかというみずからの使命感なり信念を確立することではないか。それは、大義名分、錦の御旗といってもよい。そういうものをもったとき、弱い心の持ち主であっても、非常に力強いものが生まれてくる。

 

 とはいえ、ときとして、わが使命感、信念に対して、これでいいのか、正しいのかといった疑念や葛藤が生じてくるのもまた人の常である。断を下すにあたって、わが信念に不安を感じ、動揺する。しかし、それでも経営者は、刻々に断を下していかなければならない。

 

 そういうときは、いたずらに思い煩わず、自分で自分を励ましつつ、勇気を奮い起こして、正しいと信じる道を進むことである。そしてあとは、世の中、世間に、その是非の判定を委ねるといった気持ちが大切なのではないか。

 

「会社の規模は社会が決定してくれる」

 かつて、松下幸之助は、ある銀行の重役から「松下電器はどこまで拡張するのですか」と尋ねられたとき、こう答えている。

 

「それは私にもわかりません。松下電器を大きくするか小さくするかは、社長の私が決めるものでも、松下電器が決めるものでもありません。すべて社会が決定してくれるものだと思います。
 松下電器が立派な仕事をして消費者に喜んでいただくならば、もっとつくれという要望が集まってくる。そのかぎりにおいてはどこまでも拡張しなければなりません。
 しかし、私たちがいかに現状を維持したいと考えても、悪いものをつくっていたのではだんだん売れなくなって、現状維持どころか縮小せざるをえなくなる。だから松下の今後の発展はすべて社会が決定してくれるのです」

 

 人のため、社会のためになることをしていれば世間は必ず認め、受け入れてくれるという信念があったから、動揺することなく、安心して事業に打ち込むことができた、なすべきことを迷いなくなすことができた、というのである。

 

◆『部下のやる気に火をつける! リーダーの心得ハンドブック』から一部抜粋、編集

 

筆者

佐藤悌二郎(PHP研究所客員)

 

関連書籍

下記書籍では、本コラムの内容に加え、古今東西の経営者・実業家の名言も紹介しています。

リーダーの心得ハンドブック

(こちらは現在、電子書籍のみの販売となっております)