本コラムでは、松下幸之助をはじめとする日本の名経営者・実業家の考え方やことばを紹介しながら、リーダーとして心得ておきたい経営の知恵を解説します。

 

<真の経営者とは> 現場から発想する

工場の中に机を持ち込め

「ちょっと来てくれんか」

 

 あるとき松下幸之助は、本社人事部の責任者を呼んだ。その人事部長は、役所を中途退官した後、四十歳を過ぎてから松下電器に入社、二年半ほどその仕事に従事していた。

 

「君、人事をやってもらっているが、今のままでいいというならそれでもいい。しかし、うちの会社は物をつくって、物を売るところだ。一度苦労してみる気はないか」
「はい、どんなところでも結構ですから、勉強させてください」

 

 それからしばらくして、その人事部長は、こんな言葉とともに、ある事業部の製造部長を命じられた。
「君、机を事務所の中に置くようなことではあかんで。物つくりを勉強してもらうのだから、工場の中だ。工場の中に机を持ち込んで仕事をすることだ」

 

 会社の中にはさまざまな部門があるが、メーカーにとって、製造現場が経営の根幹であることは論をまたない。だから、経営責任者は何よりも、現場がどのような状況にあるかをつねにしっかり把握していなければならない。
 それには、机の上に積んだ書類を眺めているだけではいけない。やはり、実際に工場に入り、現場を歩くことである。自分の目で見、耳で聞いてこそ、はじめて実情も把握でき、問題点も見えてくる。

 

物つくりに対する情熱

 ほんとうの物つくりのプロは、工場の中に一歩足を踏み入れた途端に肌に感じる音や雰囲気で、その日の生産が順調かどうか、機械の調子がいいかどうか、製品に不良が出ていないかどうかを感じ取ることができるという。技術者にかぎらず、経営者自身もこうであってこそ、真のプロ経営者といえるのではないか。

 

 日本の製造業の強さは、まさにそうしたプロの技術者と経営者、さらには、現場の従業員の自発的な創意工夫、改善改良の小さな積み重ねがあっての賜物であり、物つくりに対する情熱が、日本をここまでにしたということができよう。

 

 そんな日本の経済力の源泉である製造業が、ここにきて、世界におけるその絶対的優位を失いつつあると危惧されている。それにはさまざまな要因があげられようが、経営者がみずからの技術力に対する慢心、あるいは、物つくりを軽んずる風潮に流されて、情熱を失っているところにも原因があるのではあるまいか。
 経営者は、つねに物をつくる現場を大切にし、物つくりへの情熱を枯らしてはならない。

 

◆『部下のやる気に火をつける! リーダーの心得ハンドブック』から一部抜粋、編集
 

筆者

佐藤悌二郎(PHP研究所客員)
 

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