ある社員がお客様に出す弁当の内容を松下幸之助に報告に行き、わかりやすいようにと写真を見せながら説明しました。ところが幸之助に「おいしいのか」と問われ、実際に食べたことがなかったので曖昧な答えしかできず、厳しく叱られたといいます。

 また、お世話になった方にラジオを贈ることになった際、社員が「これは今すごく人気がある、いいラジオなんです」と言ってカタログを開くと、幸之助はひと言「君、自分で使ったんか」。使っていないのに、なぜよいとわかるのか、というわけです。

 

入館待ちの列にみずから並ぶ

 幸之助は何事も実際に試し、自分の目で確かめることを重視、徹底していました。昭和四十五年三月から半年にわたって開催された大阪万国博覧会でのエピソードです。

 松下電器のパビリオン「松下館」のオープン数日前、幸之助は館長を呼び、「人の混雑にはどう対応するのか」と尋ねました。「これだけの人数で、このように対応します」「やってみたのか」「いいえ、やってはいません」。
 幸之助は、「やらなかったら、危険なところがあるかどうかわからないやないか」と諌めます。急遽、バスが手配され、何百人かの社員を招集、幸之助立ち会いのもと、三度のリハーサルが行なわれたのでした。

 さらに万博開幕後のある日、入館待ちの人々を映す松下館の事務室のモニターに、秘書とともに並ぶ幸之助が映っています。副館長が慌てて飛んでいくと、「何分待ったら入れるか、計っているのや」と言うのです。

 その日、幸之助は「待ち時間を最小限に抑えるため誘導方法を再検討すること」「夏に備えて日よけをつくっておくこと」の二つを指示。これを受けて館内への誘導の仕方が改善され、夏には暑さがしのげるよう野点用の大日傘が立てられるとともに、入館待ちの人に紙の帽子が配られることになったのです。

 

出迎えの仕方を何度も実演

 京都・真々庵で、こんな光景を目にした人もいます。
 近く真々庵に大切なお客様を招くことになり、幸之助が社員らとその打ち合わせをしていました。出迎えの仕方について検討が始まると、幸之助は、形式的な普通のやり方ではなく、相手にもっと“あっ!”と思ってもらえる出迎えをしたいのだと、玄関先でいろいろ試しはじめたのです。

 「お客様が着かれるやろ。そしたらわしがとるものもとりあえず下駄はいて出ていって、『やあ!』というような出会いがええな」「玄関からバーッと出て『よくいらっしゃいました、どうぞ』と、こんなふうにするのがいちばん印象深いのとちがうか」――。

 お客様に歓迎の気持ちを伝えるにはどうすればよいか。
 決して妥協せず、みずから納得できるまで、幸之助は実演をくり返したということです。         

(つづく)

◆『PHP』2016年10月号より

 

筆者

佐藤悌二郎(PHP研究所客員)
 



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松下幸之助の生き方