人は力をつければつけるほど、自分一人でものごとを達成しようとしがちである。だが、アートならともかく、「経営」を考えた時、それでは通用しない。優れた実績を残してきたデザイナーが、一つの壁に突き当たったことで「経営」に目覚めた。「自分を貫き通すデザイナー」から、「人の話に耳を傾ける経営者」へ――変化のきっかけとプロセスを、株式会社アトランスチャーチの川田雅直社長(「松下幸之助経営塾」卒塾生)に取材した。

熱意と衆知によって本物の経営者に変身~アトランスチャーチ・川田雅直社長(前編)からのつづき

<実践! 幸之助哲学>
"シンデレラストーリー"を世の中にデザインするーー後編

衆知を集めてさらなる高みを目指す

二〇一七年二月、川田さんは「松下幸之助経営塾」第十四期の第一回に参加した。これから十カ月ほどかけて、全六回のコースを受講するのだ。
しかし本格的な学びの入り口の、さらにその手前から学びがあった。ほかの参加者と比べ、服装が違っていることに気づいたのだ。川田さんも、もちろん身なりを整えてきたつもりだったが、見るからに「デザイナー」だ。ほかの人たちは、講師も参加者も事務局も、全員がビジネススーツにネクタイという姿だった。

「なるほど、そういうものか」と思った。これまでデザインの勉強はとことんやってきたが、経営の勉強は初めてだ。二回目からは、川田さんもきっちりとしたスーツにネクタイという出で立ちで参加する。

川田さんにとって経営塾は、毎回が驚きと感動の連続だった。
経営の原動力となる志と熱意、どんな困難に直面しても必ず道があること、私欲にとらわれないことの大切さ、人を育て人を動かす理念教育、衆知を集めたものづくり......松下幸之助の思いがあり、その哲学が受け継がれてきたからこそ、松下電器(現パナソニック)は世界的企業に発展してきたことを知る。

回を重ねるたびに、夢中になった。乾いたスポンジが水を吸収するように、あらゆる学びが川田さんの心身にしみこんでいった。そして、それと比例するように、川田さん自身も変化した。
最も大きな変化は、「みずから積極的に人と会うようになった」ことだという。
それまでの川田さんは、基本的に「デザイン」という共通項がなければ人と会話する必要を感じなかった。自分が提供できるのはデザインであり、相手が自分に求めるものもまたデザインである。デザイン以外に話すことはないと考えていた。しかし経営塾の学びを通して、そうした姿勢がみずからの可能性や活動範囲を狭めていたことに気づく。

今は会社にいることのほうが少ない。毎週必ずどこかしらに出かけ、異業種・異分野の人と対話したり、一緒に食事をしたりする。相手も忙しい。人と会って話をするためには、こちら側に話を聞いてもらうだけの中身と熱意があることが前提になる。問題意識の掘り下げ、志の再確認、情報の収集など、日々の努力は怠れない。

もう一つ、大きく変化したことがある。それは「人の話を聞くようになった」ことだ。
今までは、自分が「よい」と思えば他人の声に耳を傾けることはなかった。頑固一徹のデザイナーだ。仮にスタッフが何か異なる意見を言っても、それが採り入れられることなどありえない。何を言ってもムダだから、誰も何も言わなくなった。

今は違う。毎週、社内ミーティングを行なう。自分が発言する前に、まずはスタッフに話してもらうことを心がけた。以前は会社の仕事はすべて自分が決めてきたし、そうするのが正しいと思ってきたが、人の話に素直に耳を傾けるうちに、人にはそれぞれの思いや考えがあること、答えは一つではなく様々な可能性があることが見えてきた。
「なるほど、衆知を集めるほうが、いいものができる」――今はそう実感しているという。

スタッフを信頼して仕事を任せるようになる。すると、スタッフもそれに応えてみずから考え、みずから動くようになる。結果、川田さんは行動が取りやすくなり、人と会ったり新たな事業を軌道に乗せたりすることに時間を割けるようになった。
その成果なのか、二〇一八年から中国やベトナムの大手企業のコンサルティングも手掛けるようになり、二〇一九年には中国大手メーカーの日本の代表も兼務することになった。名実ともに「経営者」になったのだ。

"シンデレラ・ストーリー"を世の中に

二〇一八年七月、「シンデレラ・コレクション」九〇八点という数がギネス世界記録に認定され、川田さんは世界一のコレクターになった。そんな川田さんによると、「松下幸之助とシンデレラには、共通点が多い」のだそうである。「実は幸之助さんはシンデレラを研究されていたのではないかと思えるほどです」と言う。

どんなところが似ているのだろうか。
川田さんが特に相通ずると感じているのは、どちらも「困難を困難と考えるのではなく、乗り越えて成功し大きなチャンスととらえる」点である。

「日本では、シンデレラが幸せになれたのは、"美しい娘だったから" "魔法使いが味方してくれたから"と考えられているかもしれませんが、元々の物語はそうではないんです。
シンデレラは過酷な環境に身を置きながらも、その境遇を恨むわけでも、みずからを卑下するわけでもなく、常に笑顔を忘れず自分のやるべき仕事を積み重ねていました。
そして幸せになるチャンスが訪れた時には迷わず決断し、自分の力で幸せをつかみ取ったのです」(川田さん)

松下幸之助は、決して恵まれているとは言えない境遇の中から、自分の力で成功をつかみ取った。その女性版ともいえる生き方が、シンデレラの物語の中にあるのではないかと川田さんは感じている。

川田さんが今、関心を寄せていることの一つに、四十代、五十代の女性の生き方がある。きっかけは、シンデレラ・コレクションを展示する会場での講演を依頼されたことだった。その時、シンデレラが幸せをつかんだポイントを整理して紹介したところ、聴衆の女性たちから大きな反響があったのだ。

「女性が活躍する社会と言われていますが、企業の現実はまだまだ男性社会です。女性向けのファッションや化粧品の会社ですら、役員の大半は男性ですから。四十代、五十代の女性の中には、このままキャリアを積み重ねてどうなるのか、何をすることが自分の成功・幸福に結びつくのか、それが見えなくて悩んでいる方が多いのではないでしょうか」と川田さんは指摘する。

松下幸之助、本田宗一郎、スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツ、アンドリュー・カーネギー......企業社会の成功モデルといえば、ほとんどが男性である。女性の成功とは何か、どのような思考とプロセスを経れば、女性の幸福に結びつくのか、そういったことを示す実在のモデルは思いのほか少ない。

そんな思いでいる今の女性たちの心をつかんだのが「シンデレラ」だったのではないかと川田さんは考えている。そして、本当の意味での〝シンデレラ・ストーリー〟を発信していくことで、少しでも世の中の女性の成功を後押しすることにつながればと願っている。

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ギネス世界一に認定されたシンデレラの絵本コレクションの一部

経営者としての今後

もちろん、"経営者魂"に目覚めたからといって、川田さんの熱い"デザイナー魂"が失われてしまったわけではない。

「よいデザインとは、百年経っても飽きないデザインである」――その信念にもとづき、自社ブランドの開発を続ける。なかでも「ブラックサファリ」というテーブルウェアは発売から十五年、その地位を着実に高めている。

「世の中にないもの、誰もつくったことがないものを生み出したい」という気持ちも強い。指輪付きスマートフォンケース「ジュエルフォン」は世界特許も取得した。

そして「アツギ」時代から長年携わってきたのが、女性の足回りの商品である。外反母趾など、足の不調に悩む女性は多い。これまでの知見とアイデアを活かして、外反母趾予防グッズや歩きやすさをサポートするシューズバンドなどの開発を続ける。心から「ありがとう」と言われる商品をつくるのが、外反母趾商品のブランド「キセカエ」のミッションだ。

チャリティ展覧会「プリンセス・ミュージアム」は、これまでに一〇万人近い来場者を呼んでいるとはいえ、収益面などにまだ課題が残る。このような支援活動は、単発で行なってもあまり意味がない。毎年継続するからこそ、徐々に世の中に浸透していく。苦しくても忍耐強く続けていくことが大切だという。

頑ななデザイナーから、視野の広い経営者へと脱皮した川田さん。卓越したデザインセンスが経営にも活かされるようになれば、アトランスチャーチという会社は、デザインという枠を超えて世の中から「ありがとう」が集まる「公器」になるに違いない。

(おわり)


経営セミナー 松下幸之助経営塾



◆『衆知』2019.7-8より

衆知19.7-8


◎著書のご案内

『かわたまさなおコレクション 世界のシンデレラ』

絵本や広告、ポスターなど一千点以上のシンデレラ・コレクションから厳選して紹介。物語の新たな魅力やカルチャーの変遷を知ることができる一冊。

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川田雅直著、PHP研究所
B5判・並製・288ページ
定価:本体3,900円(税別)

DATA

株式会社アトランスチャーチ

[代表取締役社長]川田雅直
[本社]〒151-0064
    東京都渋谷区上原1-4-4
TEL  03-5738-5707
FAX 03-5738-5730
設 立...2002年
資本金...1,000万円
【事業内容】
商品開発コンサルティング /パッケージ・グラフィック・プロダクト等のデザイン業務全般/オリジナル商品の企画・製造・販売(テーブルウエア、インテリア雑貨、ファッション小物他)など
◎川田氏からのメッセージ
「未来ある子供たちのために、展覧会は長く続けていきたいと思っています。協賛いただける企業様がありましたら、ぜひご連絡ください」

ホームページ

株式会社アトランスチャーチ http://www.artrancechurch.com/
プリンセスミュージアム https://www.princess-museum.com/