社員が社名を決めた会社――世に企業は数あれど、社名を社員が決めるなんて、聞いたことがない。しかも、長年地域で親しまれてきた、創業家の名前を冠した従来の社名を外してのことだ。そこには、どんな思いがあったのか。さらに、社名変更によって社員も会社も加速度的に成長しているというが、それはなぜか。
会社生まれ変わりの経緯を、通信機器販売・コンサルティングの分野で元気な株式会社GRiP'S(グリップス)の山川紀子社長(「松下幸之助経営塾」卒塾生)に聞いた。

ミッション経営の実践で人も会社も成長する(前編) からのつづき

経営セミナー松下幸之助経営塾

<実践! 幸之助哲学>
お客様の笑顔のために――社員とともに挑んだ意識改革――後編

ミッション委員会が始動

山川さんが次に着目したのは、アメリカの経営学者P・F・ドラッカーだった。人材育成が順調に進展し、実質的経営者としてさらに理想の経営を追い求めるようになったのは、自然の成り行きかもしれない。

「たまたまドラッカーに関する三時間のセミナーを受けて、会社経営においてミッション、使命がいかに重要であるかを知りました。そこで、本格的にドラッカーを学ぶために、東京に一年間通ってセミナーを受講しました」

そうした学びの結果、山川さんは、会社のミッションを再確認することで社員全員の気持ちの中に「ぶれない軸」をつくり、それをもとにした「ぶれない経営」をしなければいけないと考えるようになった。そこで新たに社内で結成したのが「ミッション委員会」である。スタートしたのは二〇一四年七月のことだった。

山川さんが考えたミッション委員会の目的は二つ。会社の使命をゼロから見直すことと、新しい社名を社員全員で考えてもらうこと。

「すでに社員のみんなはよく成長して、毎日しっかりとやってくれていました。しかし、私も主人もいつか会社を去る時が来ます。その前に、社員が自分たちの足で立ち、自分たちで会社を守り育てていけるように、新しい社名を考えるよう指示したのです」

ところが山川さんが、「社名からヤマカワの名前を外す」と言った時、社員たちの顔には明らかに動揺の色が浮かんだという。山川さんは、ぐんぐん成長してくれている社員たちの間に、まだまだ経営者への依存心が残っていることに気づいた。しかし、これを乗り越えなければ会社は永続しない。それから一年間、山川さんと社員たちとの「未来に向けた挑戦」が続いたのである。

ミッションが定まり、新社名が決まった

ミッション委員会の取り組みは、最初に主要メンバーがドラッカーのセミナーを受講することから始まった。ミッションの重要性をしっかりと理解し、体に叩き込むためである。そして学んだことを持ち帰り、これを皆で共有した。

その上で次に取り組んだのが、自分たちの「強み」を洗い出すことだった。ところが最初は、ほとんどのメンバーがこれといった強みを思いつかなかった。というのも、ふだん自分たちがやっていることはすでに「当たり前」になっていて、何が「強み」なのかをあらためて考えてみても、特に思い当たらなかったのだろう。山川さんは言う。

「私は彼らに対して、『例えば、店舗が広々としていて駐車場がたっぷりあるのも、私たちの強みじゃないかしら』と話しました。すると、『そういうことでよかったのか』と気づき、そこから次々と『強み』を見つけられるようになりました」

また、自分たちで考えるだけでなく、顧客に直接質問し、自社の強みをリサーチしたという。「なぜウチのお店を選んでいただけたのでしょうか?」「わが社に発注していただいたのは、何がよかったからでしょうか?」などと尋ねると、「スタッフが皆さん素直でまじめだからです」「あなたを信用しているからですよ」といった答えが返ってくる。こうした声を共有することで、ますます「強み」を知ることができた。

さらに浮かび上がってきた強みをもとに、今度は自分たちの「存在意義」や「ミッション」について話し合いを進めたのである。

こうして、強みをまとめたり新社名のアイデアを検討したりしていた時、元々マラソンが趣味だった山川さんはミッション委員会のメンバーに、一緒に彦根シティマラソンに出場することを提案した。二〇一四年十一月、おそろいの青いTシャツに「ぶれない心」とプリントし、それを着て皆で完走した時、何ともいえない「一体感」が感じられたという。その結果、さらにモチベーションが高まり、最終的に次のミッションがまとめられた。

お客様のベストスタイルを実現する
すべては、笑顔のために


数カ月間考え続け、皆で練りに練ったことで、社員たちは自分たちらしいミッションを見出し、明文化することができた。今後、何かに迷った時にはこのミッションを思い出し、これにもとづいて考えれば、正しい解決策が見つかるだろう。同社のミッション経営の基礎ができあがった瞬間だったともいえる。

ほどなくして、社名についてもよい案が出た。成長を意味する Growth の「G」、輪を意味する Ring の「R」、人の無限の可能性を引き出すという思いを示す infinity の「i」、あらゆることを自分たちで選択し、未知なる分野へ進み続ける可能性を表すPossibility の「P」で、「GRiP」という名称だ。考えたのは当時副店長を務めていた社員である。「i」だけ小文字なのは、「人間」の姿を表している。これにミッションにある「笑顔」の意味合いを加えるため、山川さんの提案で Smile の「S」をつけることにして新しい社名が決定したのである。

二〇一五年春に正式に株式会社GRiP'Sと社名変更し、同時に山川さんが常務から代表取締役に就任して、同社は再スタートを切った。

松下幸之助経営塾資料

社員の成長と松下幸之助経営塾での学び

ミッションが固まったことと、新しい社名が決まったことで、同社は次のステージへと昇っていった。社員の成長は著しく、山川さんから見て頼もしささえ感じるほどだ。

例えば半期に一度、三月と十月に部門責任者だけで合宿をし、勉強会を行なったあと、泊まり込みで各部署のリーダーが次年度の予算を立てる決まりになっている。出された予算は山川さんがチェックし、修正箇所があれば何度でもやり直してもらう。全部署の予算が決まるのはいつも深夜になるそうだが、そこまで責任を持たせることによって、部署ごとに経営感覚を持った強いリーダーが育っているという。

これとは別に、二月の第三火曜日には正社員と契約社員全員が参加する宿泊研修もある。そこではミッションの確認をしっかりと行ない、夕方にはパーティと表彰式が行なわれる。社員たちの一年間の頑張りをまとめた映像を鑑賞しながら互いにねぎらい合う。そうすることで、「また次の一年も頑張ろう」という気持ちになれるのだ。

山川さんがミッション経営にさらに磨きをかけるべく、知人の紹介で「松下幸之助経営塾」に参加したのは、二〇一六年九月から一七年七月にかけてのことだった。

「松下幸之助経営塾では、幸之助さんの『人を大事にし、人を活かす経営』に大きな共感を覚えました。また、ドラッカーを学んで知ったミッション経営と、幸之助さんの経営理念にもとづく理念経営には、非常に共通したものがあるとも思いました。そしてそれは、私たちが数年来取り組んできた人材育成やミッションの明確化という取り組みに、根っこの部分でつながっていると感じました。まだまだ幸之助さんのことを完全に理解したわけではありませんが、そのような学びがあったのは間違いありません」

ミッション経営は具体的成果をもたらす

話は前後するが、ミッションが定まり、社名を変更した二〇一五年には、能登川店と栗東店の移転があった。その際、新しい店舗に何か特長を持たせるため、子供の遊び場である「キッズコーナー」を工夫することにした。

いろいろ調べているうちに、林野庁とともに東京おもちゃ美術館が推奨している「木育」の存在を知った。木のおもちゃを使い、木と触れ合い、木に学び、木と生きることで情操を養うというものだ。元々、木が好きで、三人の子育てをしてきた母親としても関心が湧いたため、同美術館と交渉して導入することとなった。「赤ちゃん木育ひろば」はすぐに評判となり、特に子育て世代の顧客から大好評を得た。なかにはここで子供を遊ばせることを目的に訪れる人もいるくらいだ。現在四店舗に木育ひろばを設けており、いずれのお店の人気も高まっているという。

なお、同社の木育活動がきっかけの一つとなって、滋賀県が県として木育を推進する「ウッドスタート宣言」をするまでになっている(都道府県初)。

また、ミッションを決め、社名を変え、さらに木育に取り組んだことで、新卒採用も大きく変化した。過去には「地元で働きたい」「接客が好き」という理由で応募してくる人材が多かったが、ミッション制定後は、ミッションに共感した人たちばかりが入社してくれるようになったのだ。人材の傾向が変わり、組織がさらに進化しているのが如実に感じられるという。

事実、社員の個人成績も非常に高まっている。毎年、NTTドコモ滋賀支店にて、滋賀県のドコモショップを対象とするスタッフ表彰が行なわれる。表彰にはいくつもの部門があるが、二〇一七年にはGRiP'Sの社員がほとんどの部門で一位に表彰されたのである。ミッションを〝絵に描いた餅〟とせず、日々の仕事で実践を積み重ねてきたことで、具体的な成果が上がっているわけである。

そのような過程を経て二〇一八年度は、八月現在で利益は過去最高を記録しつつある。「お客様のベストスタイルを実現する。すべては、笑顔のために」というミッションを体現するための経営を貫き、顧客に本当に喜ばれるサービスを追求してきたことが、高評価・好成績につながっているのだろう。

しかし山川さんの意識はもっと高いところにあり、これまで以上に進化していかなければならないと考えている。株式会社GRiP'Sは、理想のミッション経営を目指しながら、今後も着実に歩みを進めていくことだろう。

GRiPS3.png広々とした店内に「赤ちゃん木育ひろば」を備えるドコモショップ栗東店

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