人口3万人足らずの香川県・小豆島。映画『二十四の瞳』の舞台となった瀬戸内の景勝地だが、少子高齢化が進み、人口減少が止まらない。そんな中、農業で小豆島を元気にし、世界にアピールしようと意気込むオリーブ農家がある。井上誠耕園だ。30年前、1000万円強だった売上を800倍近くにまで拡大した三代目園主の井上智博さん(「松下幸之助経営塾」卒塾生)に、地域活性の秘訣を聞いた。

「農は国の基なり」~井上誠耕園・井上智博社長(前編)からのつづき

<実践! 幸之助哲学>
大義ある経営で日本の大地から経済を再興するーー後編

三代にわたって受け継がれる志

井上さんは、目の前にいる若い社員たちに、熱く語り始めた。少子高齢化が進む小豆島を「日本の縮図」とし、衰退著しい農業をもう一度盛り上げることが井上誠耕園の存在意義である。そして、農業で地域を豊かにすることが、日本を元気にすることにつながると。
「正直、『何を言い始めたんだ、このオッサン』と思ったスタッフもいたでしょう。でも、この言葉を聞いて、島に来た頃のキラキラを取り戻した若手もいたんですよ」
大義があれば人は輝くことを、身をもって感じた。

「思い返すと、親父はよく松下幸之助さんの本を読んでいました。『謙虚と感謝』という言葉をよく口にしていたし、稲盛さんの本に書かれてあったようなことを、寝言のように毎日毎日繰り返して言っていました。それがあったから、『うちがやっていることには大きな意義があるんだ』と気づくことができたと思います」

井上さんは、五歳の時に亡くなった祖父に憧れに似た感情を抱いてきた。祖父は、個々の農家が細々と農業を営むのではなく、皆でスクラムを組んで集団営農に取り組むことで、小豆島に仕事を創出しようと東奔西走した人物だった。その志を父が受け継ぎ、小豆島にみかんやオリーブを広げていった。

「ご近所さんからはよく、お前のじいさんは偉もん(偉い人)だったと言われました。それだけ地域に貢献し、尊敬されていました。そんな祖父の思いや、親父が寝言のように言っていたことが、稲盛さんの本でバンとつながったんです。これは大事にしないと、と思うと同時に、百年前、オリーブ栽培を成功させた人がいる、小豆島に産業をつくった人がいると思うと、腹に力が湧いてきました。記憶にはない祖父ですが、常に見守ってくれている守護神だと感じています」

二〇〇五年、井上さんは大義を「井上誠耕園の企業理念」として明文化。社是は、父の口癖である「謙虚・感謝」とした。また、経営者として心を磨くため、稲盛氏が主宰する「盛和塾」に参加し、二〇一七年には「松下幸之助経営塾」に入塾している。
稲盛氏がつくった七八項目の「京セラフィロソフィ」を見ると、松下幸之助さんの影響を受けていることがよくわかる。二人の説いていることには、共通項もたくさんあるという。

「特に、熱意、志については、稲盛さんも盛和塾でよく話されていました。会社の経営は、結局は想いの高さ、熱意に尽きる。抱いた志に対して、どれだけ情熱を傾けることができるか。それをやり続けることの大切さを、松下幸之助経営塾に通って、改めて感じました」

小豆島を元気にすれば日本が元気になる

井上さんは毎朝の朝礼で、企業理念をわかりやすくかみ砕き、繰り返し社員に話しているという。
「井上誠耕園に集うすべての人たちの物心両面の幸せを追求する、というのが理念の前半です。物心両面の幸せは誰がくれるのか。それは社会だよな、と。だからわれわれは、世のため人のためになるような仕事をしなければあかん、と言っています」

理念の後半には「日本の自然や農村環境の再生及び発展に貢献することにより国の活性化の一助となる」とある。農業で地方を再生することが、ゆくゆくは成果として自分たちに返ってくる。そのことを根気強く社員に伝え続けている。実は井上さんは、企業理念を明文化した五年後、その一部に手を加えている。理念の後半部分は当初「小豆島の自然や農村環境の......」だったのを、「日本の自然や農村環境の......」に変えた。

「これからの日本の農業は、栽培から製造加工、そして販売サービスまで行なう、一次産業、二次産業、三次産業をかけ合わせた経営を目指すこと(六次産業化)が重要です。そうでなければ、世界の競争の中で立ち行かなくなるということが、四十年も前に提唱されています。図らずも、当社はそのスタイルで経営をしてきました。このノウハウをもって、小豆島という地方の農業を助ける一助となる。これは、日本の農業が抱える課題を解決する一つの〝練習問題〟だと思っています」

小豆島にとどまらず、日本全国に地方活性化をもたらしたい。その助けとなるのが自分たちの使命。そんな熱意と決意が、井上誠耕園の企業理念には込められている。

地方の土地が経済を生む

井上誠耕園は今、農業、農産物の加工、それを直販する通販やショップに加え、カフェ・レストラン事業や海外販売にも手を広げている。「六次産業のグローバルカンパニー」として、小豆島から全国に活力をもたらすためだ。
事業部門は全部で一四。それぞれが独立採算で運営されている。「一階がショップ、二階がレストランという店舗もありますが、別部門になっているので、電気のメーターも別々なんです」と井上さん。社員一人ひとりに経営者意識を持ってもらうための取り組みだ。

一方、社員の心を育てるのに活用しているのが、「京セラフィロソフィ」を簡略化し、井上さんが新たに加筆した「井上誠耕園フィロソフィ」だ。特にリーダー候補には、経営とフィロソフィを学ぶ全一〇回の勉強会を行ない、理念浸透に力を注いでいる。
「とはいえ、まだまだ発展途上です。結局、私が背中を見せ切れていないんでしょうね。いまだに社員をよく怒りますし(笑)。わかってもらえないのは社員のせいではないですから」

素直さと謙虚さを備えたバランスのいい人間性が、経営者には求められる。松下幸之助経営塾での学びでそのことを再認識したと井上さんは語る。

五十五歳になった今、いずれは四代目に事業承継することを、少しずつ考え始めているという。三人の息子のうち、次男は井上誠耕園に入社し、シンガポール店の運営に携わっている。気がつけば、社員は一六二人。二〇二五年には売上高二〇〇億円の企業を目指す。

小豆島には、東京ドーム三〇〇個分の荒れ地があるといわれている。日本全国を見渡してみると、九州と同じ面積の土地が無益化している。井上さんは、その大地に経済を生むことができるのが農業だ、と力を込める。

「僕は、国産農業の価値というものをつくっていかなければいけないと思っています。日本人は勤勉な国民性に加え、米一粒にも神が宿るといった、自然に対する畏敬の念を持っています。これは世界に誇るべき精神文化です。海外のように農業を効率化するのではなく、高付加価値化して、日本を農林水産業の高級工場みたいにする。それで世界に外貨を稼ぎに行くべきだと思います」

海外との取引を始めてからというもの、日本人がいかに諸外国から信用されているか、身に染みてわかるようになったという。松下幸之助などの先人たちが、日本製品の素晴らしさを世界に広め、日本の信頼を高めてくれたからだと感謝する。

小豆島から世界へと足を踏み出し、謙虚な誇りを持ってビジネスを展開する。大義を中心に据えた井上誠耕園の挑戦は、とどまるところを知らない。


edible-oil.png

小豆島産オリーブでつくった食用緑果オイル

beauty-oil.png

小豆島産オリーブでつくった美容オイル

(おわり)

経営セミナー 松下幸之助経営塾




◆『衆知』2020.1-2より

衆知20.1-2



DATA

農業法人 有限会社 井上誠耕園

[代表者]園主 井上智博
[本社]〒761-4395
    香川県小豆郡小豆島町池田2352番地
TEL 0879-75-1101
FAX 0879-75-1612
設立...1997(平成9)年6月
資本金...300万円
事業内容...オリーブ及び柑橘類の栽培、加工、販売等