関西化研工業は、山口県周南市に本社を置く自動車用ケミカル製品の製造販売会社である。社長の澤野成美さん(「松下幸之助経営塾」卒塾生)は三代目、創業者夫妻の甥にあたる。2019年5月1日、平成から令和への移行と時を同じくして、社長に就任した澤野さんは、その前年から松下幸之助経営塾を受講していた。塾での学びや、その後の経営における実践について話を聞いた。
◆社長就任に合わせ理念策定、戦略に落とし込む~関西化研工業株式会社・澤野成美代表取締役(前編)からのつづき
<実践! 幸之助哲学>
創業者夫妻の背中から学んだ"現場の汗"の大切さーー後編
「社長の決断」の重さを知る
十年ほど前に、澤野さんが「経営者とは何か」を突きつけられた一つの出来事がある。
それは、取り扱っている機械製品の一部に品質的な問題があることがわかり、各方面からクレームが殺到したことだった。すでに全国規模で展開している。これらすべてに一つひとつ対応していたら、莫大な時間とコストがかかってしまう。まさに会社の屋台骨を揺るがすような大事件だった。
最初に話を聞いた時、澤野さんは頭の中が真っ白になったという。しかし社長のつゆ子さんは、「通常業務をすべてやめていいから、全社を挙げてこの問題にあたりなさい」と命じる。澤野さんは驚いて、思わず止めようとした。
「ちょっと待ってください。そんなことをしたら売上がなくなってしまいます」
すると、全く動じることなく、つゆ子社長はこう続けた。
「そのくらいで吹っ飛んでしまう会社じゃないから。私が言う通り、一切の業務をやめて、この問題にかかってください」
澤野さんは思った。「社長というのは、こういう決断をしなければならないのか」と。
動ける社員全員で納品先を一件残らず訪問し、問題の機械製品をすべて良品に交換して回った。その結果、非常に短い期間でこの問題が解決され、大事に至ることがなんとか避けられたのである。
もしこの時、この判断がなかったら、会社はどうなっていただろうか。
澤野さんは言う。
「会社の体力はありましたので、倒産することはなかったと思いますが、お客様の当社に対する評価は地に落ちたと思います。
しかし、問題を直視し、他のすべてのことを後回しにして最優先で対応にあたったことで、逆に当社の評価は上がったのではないかと思います。というのも、当の機械製品は今も取り扱いが続いている上、お客様もずっと採用し続けてくださっているからです」
ピンチをチャンスに変えた一つのモデルといえるだろうが、澤野さんにとっては社長の決断の重みを実感できた貴重な機会となったようだ。
「常にお客様とともにあれ」
経営塾を受講中、澤野さんは幾度となく、創業者の精亮さんや会長のつゆ子さんの顔を思い浮かべた。講師が取り上げる話題や、視聴教材で紹介される幸之助氏のエピソードの数々が、創業者夫妻の「あの時の、あの言葉」「あの時の、あの行動」と重なることが多かったからだ。
創業者が澤野さんに指導したのは、「要領で仕事をするな。現場で汗を流せ」ということだった。現場とはお客様との接点であり、商品とお客様に向き合う場所である。創業者は常に「お客様とともにある」という姿勢を貫いていた。
澤野さんは振り返って言う。
「お客様に対して背を向けるな、逃げるな、と言われました。多くを語る人ではありませんでしたが、いつも背中で教えられていました。だから私も知らずしらず、その姿勢を身につけていったのだと思います。
すると必ず、最も困った時にお客様が手を差し伸べてくださいます。こちらが何も言わなくても、陰でちゃんと配慮をしてくださる。そんなことが何度あったかしれません。
ですから、私にとってはお客様とともに歩むのは当たり前の話です。お客様があってこそ、今の私があります。当社の発展も社員の成長も、お客様とともにあってはじめて実現できます。そのことは、これからも徹底していきたいと思っています」
創業者夫妻が事業の信念として抱いていたことが、こうして次の世代に受け継がれている。そして、受け継いだ澤野さんが、今度はみずからの言葉で作成した経営理念や、そこから導き出される戦略・戦術を通して、社員の一人ひとり、日々の業務の一つひとつに、浸透を図っている。
理念の継承とは、このようになされていくのだということを、私たちはここから学べるのではないだろうか。
理念や品質目標は朝礼で唱和し、日々の業務に浸透を図る
「付加価値販売」に徹して見えてきたもの
創業者夫妻がつくり上げてきた商売に対する姿勢は、ひと言でいえば「付加価値販売に徹する」ことだった。
関西化研工業が取り扱っている自動車向けケミカル商品は、類似商品が多く、安値で勝負を仕掛けてくる競合他社も少なくない。それに対抗しようと価格競争に乗ってしまうと、当然利益は削られて会社は疲弊していく。
そこに陥らないように、製品の付加価値と営業の付加価値を価格に反映できるようなビジネスモデルを構築してきたのである。
安値競争に陥れば、仕事に人手や手間はかけられなくなる。いきおい商品は売りっぱなしになりがちだ。関西化研工業は、その点において他社とは異なる戦略をとる。
「当社は単に商品を右から左へと動かす会社ではありません。この商品がどうすれば市場で売れるのか、どうすればエンドユーザーに受け入れられるのかを徹底的にフォローします。販売店に出向いて、勉強会や商品説明会をしばしば開きます。販売店さんには販売店さんの事情がある。例えばアルバイトが主体の販売店さんで頻繁に人が入れ替わったとしても、私たちは何度でもうかがいます」(澤野さん)
商品とお客様に深くコミットする姿勢があるからこそ、「付加価値販売」が可能になる。澤野さんは、さらにこんなこともつけ加えた。
「このやり方をしようと思えば、マンパワーが必要です。今、私たちの業界でもインターネット販売がどんどん普及しており、マンパワーを削って安価で効率的な商売をしようという動きが加速しています。確かにインターネットで十分という人もいるでしょう。当社の商品もネットで購入できるようにしています。
しかし、現場の実情は違います。今でも手取り足取り教えていくというやり方のほうが長続きします。これはいつも現場に身を置いているわれわれの肌感覚です」
テクノロジーが進化しても、商品やサービスを求めるのが人である限り、関西化研工業が追求してきた「付加価値」の意義、重要性は決して失われないと澤野さんは感じている。それを会社の強みとして、これからも伸ばしていくつもりだ。
関西化研工業の主力商品であったエンジンオイルの添加剤や燃料添加剤は、実はそれほど伸びしろの期待できる商材ではない。その背景には、車に対する人々の意識の向け方や価値観の変化がある。外装や内装にこだわってお金をかける人が減り、生活を支える足ととらえる人が増えるという世の中の変化に伴って、澤野さんの会社が取り扱う商材も、主力が交代している。
現在、売上の六五パーセントを占めるのはエアコン関連商材である。「移動の道具」となった車に、パワーはそれほど求められない代わりに、「快適性」はより重視されるようになった。近年は真夏の猛暑、酷暑が続いているので、ユーザーがカーエアコンに向ける意識は高まる一方なのだ。
「今のユーザーは車内環境にとても敏感です。車内の快適さをどれだけ高めることができるかが、自動車用ケミカル製品業界に求められる重要なミッションです」(澤野さん)
変化に対応する企業だけが生き残る。だが、関西化研工業の場合、目先の売上を目当てに変わってきたのではない。
「常にお客様とともにある」――その姿勢が、変化への対応になったのである。関西化研工業が、創業者夫妻の理念を正しく継承する限り、扱う商品やビジネスの形態を変えながら、市場の声に応え続けていくに違いない。
カー用品は自社ブランドのほか大手メーカーのOEM(委託者ブランド名製造)も引き受ける
(おわり)
◆『衆知』2020.9-10より
DATA
関西化研工業株式会社
[代表取締役社長]澤野成美
[本社]〒745-0802
山口県周南市栗屋1035-5
TEL 0834-25-0100
FAX 0834-25-3560
創業...1966年
事業内容
自動車用ケミカル製品の製造・販売(自社ブランド名:KANASAKEN)、健康食品・生活用品販売
主要ユーザー
全国のガソリンスタンド、カーディーラー、自動車整備工場、カー用品店 など