父の急逝によって、24歳で会社を継ぐことになった株式会社高栄ホームの北井博さん(「松下幸之助経営塾」卒塾生)。その後36年を経て、小規模だったビル清掃のメンテナンス業を、総合不動産業へと発展させた。現在、滋賀県大津市で住宅供給棟数ナンバーワンの実績を誇る分譲住宅事業を主力に、積極的に事業展開を図っている。「信用第一に、一つひとつの仕事を着実にやってきたからこそ今がある」と語る北井さんに、一貫して持ち続けている使命感と現在の取り組み、そして地域一流一番店を目指すというビジョンをうかがった。

 

「信義」を重んじた創業精神のバトン(前編) からのつづき

 

<実践! 幸之助哲学>
衆知を集めて使命達成に挑む――後編

「信義」の創業精神を引き継ぐ

高栄ホームの応接室には、父秀信さんの肖像画が飾られている。微かに笑みをたたえたその表情は、北井さんの仕事ぶりを見守っているかのようだ。肖像画を見上げる北井さんにも、仕事に打ち込んだ創業者への尊敬の念と、家族を大切にした父親への思いが常にある。

 

「父は、亡くなる一年前に高栄産業を設立したんです。死期がわかっていたわけではないはずなのに、なぜか自分で墓を購入していましたし、生命保険にも入っていたのです。さらに、当時は従業員数が少ないため加入が任意だった社会保険(厚生年金)にも入っていたので、残された家族は本当に助かりました」。秀信さんが亡くなった時、北井さんの妹はまだ二十歳になっていなかった。生命保険や遺族(厚生)年金の給付、秀信さんが所有していた賃貸物件からの定期収入が生活を支えてくれたという。

 

いつ自分がいなくなっても家族が困らないようにと準備してくれていた父の気持ちが何よりもありがたい。その思いが北井さんの言葉の端々ににじみ出る。「父親として、いろいろやりたかったことがあると思います。孫の顔も見たかったでしょうし、自宅も新築したかったでしょう。母や家族との旅行もしたかったと思います。それなのに、これからという時に亡くなってしまった。無念だったろうと思います」。

 

三年間という短い間だったが、秀信さんのもとで働いた北井さんは、父が信用を第一とし、質素倹約を心がけ、確実に売上と利益を上げられる強い組織をつくろうとしていたことを知っている。「信用というのは大事やで」という父の言葉を折にふれて思い出す。「信用第一」「人との約束を守る」「人の恩を忘れずに正直に生きる」「質素倹約」「利益を上げ貯蓄する」――秀信さんが掲げた「信義」を重んじた創業精神のバトンを、今は北井さんが引き継いでいる。

 

「迷った時に面と向かって相談できる絶対的な存在がいないから、『先代ならこういう時はどうするかなあ』と考えることが今もよくある」と口にする。「自分が家族を守らなあかんという思いと同時に、信用第一で強い会社をつくるという父の遺志を引き継ぐこと、ただその使命感一筋でやってきました」。父秀信さんが亡くなってから三十六年。北井さんは数年前に秀信さんの歳を超えた。今でも父への思いが原動力になっている。

高栄ホーム 創業者肖像

創業者(写真右上の肖像)を敬い、その志の継承を誓う

 

思いが叶う運のよさ

小さな規模のビルメンテナンス業から、従業員数約六〇名の総合不動産企業へ。会社が順調に発展してきた理由は何だろう。北井さんは次のような背景と要因を挙げる。
まずは、事業が時代に合っていたこと。大津市とその近辺は、大阪や京都のベッドタウンとして人口が増加してきた住宅ニーズが高いエリアである。そこで一つひとつのプロジェクトを着実に積み上げてきた実績が何よりも大きい。

 

人材にも恵まれた。北井さん一人では成し遂げられなかったことも、人が助けてくれた。建売住宅のきっかけをくれた工務店の親方、販売方法を教えてくれた先輩社長、営業のやり方を社員たちに指導してくれた友人。北井さんは人との出会いに感謝し、縁を大事にしている。

 

さらに、北井さんは発展要因の一つに、「運がよかったこと」を挙げる。「実はこれが一番です。私は運のよさだけでやってきたようなものですから」と強調する。北井さんが言う運のよさとは何か。「不思議ですよ。私は思ったことが叶うんです。シンクロニシティって言うんですか。それはもう、びっくりしますよ」。一例として、二〇一五年の新社屋の建築時のことを話してくれた。

 

当時、社屋は手狭になって人であふれ、新入社員が入ってくる前には引っ越しをしなければならない状態になっていた。しかし、設計士からは、満足のいくデザインや外装のプランがなかなか上がってこない。工期はどんどん迫ってくる。もし遅れたら、廊下に机を並べて新入社員を迎えなければならない。

 

困り果てた頃、北井さんは出張先の東京でかつての従業員と会う。「たまたま新社屋の工期の遅れを話題に出し、その原因の一つがデザインにあることを話したら、彼は二日前に東京のデザイン会社に勤め始めたと言うんです。おまけにその会社の社長が、大阪の知り合いのデザイン会社を紹介してくれるという話にまでなりました」。北井さんは関西に戻ると、早速そのデザイン会社の担当者に会い、プレゼンテーションをしてもらう。「出てきたデザインがすごくよかった。その場で採用を決めました」。

 

遅れが予想された資材の手配も心配ないと言われ、工期は問題なく進む。「すごいめぐり合わせでしょう。東京で会ったかつての従業員は、二日前にそのデザイン会社に転職したばかりですよ。新社屋の話をしたのも会話の成り行き。それがあっという間にこれですから」。北井さんは、「実は、私はこんな不思議な運に恵まれることの連続なんですよ」と笑う。

 

仕事で初めてコンタクトを取ろうと思っていた人と偶然バスの中で隣り合わせたり、依頼を受けてもらうのが難しいと思われた仕事が、その人の実家が近所にあることが縁で快く引き受けてもらえたり、不思議なめぐり合わせは数え上げるときりがないそうだ。

最近、北井さんはこう思うようになった。「天の親父が私を動かしているのかな」。そう思えるほど、考えたことが実現するのだという。

 

「夢発表」で夢を実現

運をよくし、思いを実現するための秘訣はあるのだろうか。北井さんはその問いに、「運をよくするためにやっているわけではありませんが、社員には自分のご先祖様の仏壇に手を合わせ、墓参りをするように言っていますし、自分も実践しています」と話す。「報恩感謝」は北井さんが大切にしていることの一つだ。

 

同社には「五〇回帳」という取り組みがある。毎年作成するスケジュール手帳を兼ねた「経営計画書」の中に、社員に参加を促したい活動項目を記載している。例えば早朝勉強会への参加、公園の清掃、各種委員会への出席、セミナー参加とレポート提出、「飲みニケーション」への参加、改善提案など。その項目の中に「お墓参り」がある。これらの活動に参加すると北井さんがはんこを押し、押印が五〇個たまると商品券が進呈されるという仕組みだ。

 

もう一つ、年に一回「夢発表」という取り組みも行なっている。社員が自分の夢や人生設計を紙に描き、発表する。夢はプライベートなことでもかまわない。イラストを描いたり、写真を貼りつけたり、自分が叶えたいことをビジュアル化するのが特徴だ。北井さんはアメリカのある会社を訪問した時にこの取り組みを知った。「社内に従業員が描いたものがたくさん貼ってありました。こうすると夢が叶うらしいと聞いて、面白いなと思ったんです」。

 

取り組み始めて数年。北井さんはある社員のケースを紹介する。同社でインテリアコーディネーターとして働いていた女性が、ある年の「夢発表」に、「『おかん』から『おとん』へ」と書いた。実は当時、彼女はシングルマザーになったばかり。これから自分一人で子供を育てていくため稼がなければならないと、営業部門への転籍を希望したそうだ。その時の夢発表の言葉が、「『おかん』から『おとん』へ」だったのだ。現実の自分は子供たちの母親だが、同時に父親の役割も担って生きていくんだという強い決意が表れている。そしてその後、この女性社員は仲介事業でトップセールスになった。「彼女は今、この時書いた通りに、ばりばり働いていますよ」と北井さんは言う。

 

5年後のビジョンは地域一流一番店

北井さんは二〇一五年、松下幸之助経営塾に参加した。「信用第一」を旨とし、社員や協力業者と一緒にお客様と地域社会に認められ永続的に発展できるような強い企業をつくる――この父秀信さんの遺志を継ぐという使命感を原動力にやってきた北井さんにとって、経営塾で繰り返し聴かされた「志」「使命」という言葉は、自然に体に染み込むように入っていった。

 

参加後は特に「衆知を集める」ことを意識して実践するようになった。それまでも人の話はよく聴いてきたが、さらにいろいろな視点から人の意見を聴き知恵を借りるようになった。

 

「創業者の志は、幸之助さんが大事にしていた衆知を集めることではじめて達成できると、最近つくづく思います。親父は賢かったけど、私はそうではないしね」。そう言って笑う北井さんを支えた多くの幸運は、みずから動き、とにかく多くの人に会って話をするということによって運ばれてきたものでもある。「そして、衆知が自分の元に集まってくるためには、やっぱり信用がないとダメ。結局、ここに戻ってくるんですよね」。

 

経営の勉強会には積極的に出かけ、会社が進むべき道についても考えをめぐらせてきた。先にふれた経営計画書の中には、北井さんが練り上げてきた経営理念、行動指針、五年後のビジョン、長期事業構想、年度ごとの経営目標数値、年度方針などが細かく記載されている。それらを全社で共有するための経営計画発表会も毎年開いている。綿密な計画と着実な実行があるからこそ、思いや願いが実現へと結びつく。同社の発展はその両輪で成り立っている。

 

五年後のビジョンは、「総合不動産企業として事業部制を確立し、分社化する。それぞれが地域(大津商圏)一流一番店になる」というもの。分譲住宅事業を柱に注文住宅事業、不動産流通事業を分社化したい考えだ。

 

そのために新しい事業にもチャレンジしている。その一つが娘とともに手がけるカフェ事業。新社屋の一階に「家カフェ+Garden」という名のカフェ・レストランをつくった。店の周囲には有名なプラントハンター(植物の収集家)がプロデュースした「そら植物園」という植栽の庭があり、行き交う人の目を引く。世界中の珍しい樹木を眺めながらお茶や食事が楽しめるという趣向だ。店内には、住宅の本やインテリア雑誌など一〇〇冊以上が並んだミニチュアハウスが置かれている。北井さんには以前からこの構想があったという。「お客様が家を建てることに自然に興味を持ってくれたらいいなと思って。いわば潜在顧客の集客(創客)装置ですね。購入してもらえたら、なおいいですし」。カフェ事業は高栄ホームのブランドを高めるためでもあり、集客の仕掛けでもある。

 

また、愛知県の「SHARESラグーナ蒲郡」(全一八棟)に二棟の別荘感覚のモデルハウスをつくった。昼は住宅を見学でき、夜は体験宿泊ができる新しいタイプの住宅展示場だ。今後は滋賀県の琵琶湖を望める場所でも同様の展示場を計画している。
アウトドア用品店と提携し、商品を販売する計画もある。「いろいろなところに出向いて、人の話を聞き、そこで浮かんだアイデアを形にしていくのが好きなんです」と北井さん。

 

それぞれの事業を確立し、それらが一つの輪になって相乗効果が生まれる。お客様には住宅を通じてライフスタイルの提案も行なう。
数値目標は、まずは五年後に売上二倍。そしてさらに、創業者からの「信義のバトン」を次世代につなぎつつ、北井さんは高栄ホームをより強い総合不動産企業にしていく決意だ。

(おわり)

 

経営セミナー 松下幸之助経営塾

 

◆『衆知』2017.9-10より

衆知17.9-10

 

DATA

株式会社高栄ホーム

[代表取締役]北井 博
[本社]〒520-0835
 滋賀県大津市別保二丁目8番35号
TEL 077-534-1755
FAX 077-534-1900
設  立...1991年5月
資 本 金...2,000万円
事業内容...宅地開発/分譲住宅/注文住宅/不動産仲介/リフォーム/不動産賃貸/飲食

 

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