再販制度、委託販売制度という特殊な市場環境のもと、出版物流業で堅実な成長を遂げてきた株式会社ニューブック。迅速、丁寧、完璧を旨とし、スタッフの高いプロ意識を背景に磨かれてきた技術には、他社の追随を許さないものがあった。しかし、デジタル化と出版不況という大きな波は、この会社に大変革を迫る。そんな時代に会社の舵取りを任された豊川竜也社長(「松下幸之助経営塾」卒塾生)は、この難局をどう乗り切ろうとしているのか――。

匠の技とベンチャー魂で「物流革命」に挑み続ける(前編) からのつづき

経営セミナー松下幸之助経営塾

<実践! 幸之助哲学>
衆知を集めて知識と感動を世界中へ――後編

ネット通販物流サービスで波に乗る

二〇一三年二月、竜也さんにもう一つの転機が訪れる。父親である先代の正樹さんから社長を受け継いだのである。
その節目として受講したのが松下幸之助経営塾だった。一泊二日の研修が計六回。規模や背景は異なっても、同じような立場の経営者や後継者が顔を合わせ、みずからの経営課題に取り組んだり、経営理念を掘り下げたりする。

回を重ねるごとに、参加者同士にはともに学び合う「同志」としての意識が生まれ、絆が深まっていく。竜也さんも学びの仲間たちから多くの刺激を受けたという。

「昼間の講座だけでなく、夜の街でお酒を酌み交わしながら深夜までお互いに語り合った時間は忘れられません。皆さん本当に志を高く持って、熱い思いで事業に向き合っていて……。自分は一所懸命経営をやってきた――そんな浅い自負が打ち砕かれました。まだまだやることがあるんじゃないか、自分たちが持っている力や資源を使って、社員のために、世の中のために、もっと役立つことができるんじゃないか、という気持ちにさせられたんです」

先に触れたように、竜也さんが入社した一九九六年をピークに出版業界の売上は下降の一途をたどっていた。出版物の売上減少の影響は、版元や書店にとどまらず物流業者にも及んだ。売上のすべてを出版物流に頼っていたニューブックの売上も、年々下がり続けていた。
危機感を抱いた竜也さんは、二〇〇六年頃から出版以外の物流業務にも本格的に進出を図る。具体的にはフルフィルメントと呼ばれる物流業務で、通信販売やネット通販事業者から在庫管理、受注、梱包、発送、そして代金回収までの一連のプロセスを請け負う。

出版物流で培ったノウハウを活かし、適正かつ効率的な倉庫業務や、受注から出荷、請求、回収、返品情報のリアルタイムでの一元管理システムなどを提供する。これまでネット通販といえば大手サイトに出店することが近道だったが、近年では自社独自の販売網を持ちたいという会社も増えている。また、小口の顧客は物流業務を外部に委託できず、梱包資材や送料の面でも不利だったが、ニューブックでは業務を標準化して提供することで、小口通販事業者のニーズに応えられるようになったのである。

一例としては、ファッションシェアリング・サービスのフルフィルメントがある。ファッションシェアリングとは、洋服やバッグ、アクセサリーなどを会員にレンタルするサービスだ。サービス提供企業から、在庫管理や出荷、クリーニングの手配、保管などの業務を請け負う。

ニューブックのフルフィルメントの売上は、二〇一〇年度は全体の一割程度だったが、一七年度には出版物流事業を上回るまでに成長した。出版物流の売上金額は九六年度に比べ六割程度にまで縮小しているが、フルフィルメントと、後述するPODの売上が加わることで、会社全体の売上は九六年度比で五割増となっている。まさに出版の売上減を補って余りある状態だ。

これには、二〇一三年に設立したベンチャー企業「オープンロジ」の売上も含まれる。竜也さんは、取引先など周囲の若手経営者と共同して、誰でも簡単に利用できる物流アウトソーシングサービスをスタートした。

事業の立ち上げにあたっては、自社の資金調達力には限界があった。そこで、ビジネスをより大きく、幅広く展開させ、事業資金だけでなく多くの知見や人脈、取引関係も得られるエクイティ・ファイナンス(株式発行による資金調達)という方法をとった。ベンチャー対象の様々なイベントやコンテストでの入賞を通して、投資してくれる人や企業を募ったり、アメリカに飛んで投資家たちの前でプレゼンしたりして、実に一〇億円を超す資金調達に成功した。

ニューブック オープンロジ

2013年設立のベンチャー企業「オープンロジ」の倉庫

ファッションシェアリング・サービス用の衣類が管理番号順に整然と保管されている

 

その原動力になったのは、松下幸之助経営塾での出会いが大きい、と竜也さんは言う。

「受講生の経営する企業には、創業三百六十年という老舗企業もあれば、設立二年目の勢いあるベンチャー企業もありました。実は私自身は、ニューブックは出版物流の世界では約五十年の歴史を持つ〝老舗〟企業だと思っていました。でもそれがすごく狭い世界の中での発想だということを思い知らされたんです。五十年くらいのことにこだわっていてはいけない。時代は変化している。もっと果敢にチャレンジすべきだと思いました」

経営塾は、竜也さんのベンチャー精神に火をつけることにも一役買ったようである。

松下幸之助経営塾資料

サンタクロースを理念に掲げて

とはいえ、竜也さんの心の中心にあるのは、あくまで出版物流だ。フルフィルメントに進出し軌道に乗せることができたのも、長年出版物流という複雑な仕組みの中で鍛えられ、技術とノウハウを蓄積してきたからにほかならない。先代から続いてきた「出版社とともに歩み、出版社とともに発展する」というスタンスは、これからも変わらず持ち続けるつもりだ。

ただ、「物流」という概念はどんどん変わりつつある。入出庫、返品作業、在庫管理という従来の業務に加えて、現在進出途上にあるのがプリントオンデマンド(POD)である。

紙の書籍の落ち込みが続く一方で、電子書籍は売上を伸ばしている。しかし竜也さんは、「単純な〝紙か電子か〟という分け方では本質を見誤る。書籍専用のオフセット印刷(版を用いた高速大量印刷)か、デジタルデータの使い分けかでとらえるべき」と考えている。
つまり、こういうことだ。従来の書籍用のオフセット印刷ではそれ専用の原版を作製するので、そこで用いたデータそのままでは電子書籍にならない。書籍を電子化する際には、ひと手間もふた手間もかける必要があるのだ。

これに対し竜也さんが手掛けるPODでは、一つのデジタルデータを作成し、それをデジタルデバイスで読み出せば電子書籍に、紙に電子印刷すればPODになる。実際、アメリカではそういう区分になっているという。

竜也さんは、電子書籍が伸びている環境のもとで、PODを含めた紙の書籍も今後伸長していくことができると予想しているのである。媒体が紙であろうとデジタルデバイスであろうと、これからもニューブックは出版社とともにコンテンツを読者のもとに届けていく――竜也さんからはそんな決意が感じられた。

竜也さんは、書店でA社の書籍を手に取ると、それが初回搬入の新品か、ニューブックを通して再生された商品か、さらには何回転くらいしている商品かまで、側面の研磨の具合を見ればすぐにわかるのだという。そしてそんな時、自分たちは日本中の、いや世界中にいる何十万人、何百万人という読者に対して知識を届ける仕事をしているんだ、と実感するという。

「私たちのミッションは、世界中の読者に知識と感動をお届けすることなんです。それは子供たちの未来をつくることにつながっています。その理念を象徴して、わが社はサンタクロースのような存在となることを目指しています。サンタクロースって、世界中の子供たちにプレゼントを届けるじゃないですか。しかも、届け先を間違えることは絶対にないし、遅れることもない。物流という観点から見て、サンタクロースは理想の姿です。ですから当社の理念をひと言ではなくひと目で表すと、サンタクロースになるんです」(竜也さん)

高いプロ意識と匠の技に支えられてきたニューブック。竜也さんの代になり、デジタル化、フルフィルメントへの進出、PODへの取り組みなど、ベンチャー魂を発揮して新しい時代の出版物流事業者として進化を続けている。しかしそれは、直近の出版不況、そしてその先の時代を乗り切って会社を永続させていくための、ニューブック流「物流革命」への挑戦の第一歩にすぎないのかもしれない。竜也さんはこの挑戦を、衆知を集めてやり抜く覚悟だ。

(おわり)

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