優れた企業には、その事業をなぜ始めたのかという「創業の精神」がある。それを企業理念の軸に据えて様々な判断の拠りどころとすることで、その企業にしかない独自の存在価値を生み出すことができる。
ところが、代を重ねるに従って創業精神が見失われるケースも少なくない。また、大手の代理店やフランチャイズとして事業を行なう会社の場合、どうやって独自性を打ち出すのか。今回取材したNEZASグループ・栃木トヨタ自動車(社長の新井将能さんは「松下幸之助経営塾」卒塾生)は、そのヒントを与えてくれるだろう。
◆「素直な心」で真のリーダー企業に(前編) からのつづき
<実践! 幸之助哲学>
地元に“根ざす”組織改革――後編
地域に“根ざす”企業へ
「NEZAS」という社名に込めた思いを、新井さんは次のように説明する。
「元々、事業の草創期というのは、まずは地域の人々の暮らしが豊かになるように、また何らかの形で地域のお役に立つように、という思いがあってスタートしているはずです。新庄の起こりである雑貨の販売やガソリンスタンド、運送業などは典型的な地域密着事業です。ところが、企業の規模が次第に大きくなったり、あるいはトヨタの冠のもとで事業を行なうことが主軸になってきたりすると、どうやって売上を拡大するのかといった目先の経営指標に目的が変質し、元々あった起業家精神や創業の志を見失いがちになります。ですから、われわれが事業を通して本来何をするべきなのかを常に示すために、『NEZAS』を社名にしたのです」
地域に貢献する――その意思表示としてNEZASは、二〇一六年四月に那須烏山市と、同年九月には栃木県と「包括連携協定」を結んだ。NEZASグループとして、地元自治体と協力して地域振興や暮らしの安全・安心を守る活動を推進していこうというのである。
確かに、このような発想は「トヨタ」というマインド、アイデンティティだけでは生まれにくいかもしれない。「NEZAS」というコンセプトを打ち出すことで、トヨタブランドだけではない、自分たちが自分たちの地域のためにできる事業活動を追求していけるようになったといえるだろう。
「トヨタのブランドを冠していると、どうしてもトヨタの考え方・方針に即していれば問題ない、と考えがちです。しかし、それは思考停止だと思うのです。トヨタの方針に従いつつ、それを私たちの地域でどう活かし、どのように地域貢献していくのかという発想が必要です。トヨタが主になるのではなく、あくまでも地元の企業としてみずからが主体になるべきだと思います」
今後は、水素社会実現に向けた取り組みや、産官学連携による人材育成支援など、NEZASならではの取り組みが進められていく予定だ。
真のリーダー企業に必要なもの
ひと昔前は、企業の業績を向上させるためにはCS(顧客満足度)を高めることが重要といわれてきた。その後、ES(従業員満足度)という概念が浸透し、CSと同時に(あるいはそれ以前に)ESを高めることが必要であるとされる。さらに、最近では「満足」を追求するだけでは差別化が図れず、期待を上回る「感動」を提供してこそ、企業の価値を高めることができるともいわれるようになった。
CSやESは、自動車販売を生業とする栃木トヨタにとっても当然必要な概念であるが、「しかし」と新井さんは前置きする。
「まずはそれ以前の仕事の基本が徹底できていてこそ、はじめてCSやESが効果を発揮するのです。トヨタの名前を冠しているだけで、すでに立派な会社であるように見てしまうのは、おおいなる錯覚です」
CS、ESが高い。「満足」よりも「感動」を提供する。そんな高い企業価値を提供するのが「真のリーダー企業」である。が、そのために今、力点を置くべきは、その大本である「基本の徹底」だというのである。
新井さんが考える基本とは何か。
一つは、法律や条例、代理店契約といった社会における約束事・ルールを守ることである。二つめは、人間がかかわる事業活動であるから、雰囲気をよくすることである。三つめは、営利企業であるから、儲けることである。単に自社だけが儲かればいいのではなく、「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よしの原則に沿っていることが大切である。
これらの「当たり前」の実践、「ルールを守り、雰囲気よく、実績を上げる」ことをバランスよく同時に実現するために必要なこと――それが松下幸之助のいう「素直な心」だと新井さんは考えた。
「素直な心」とは何か。それは「単に人にさからわず、従順である」ということだけではなく、「私心なくくもりのない心」「一つのことにとらわれずに、物事をあるがままに見ようとする心」であり、「真理をつかむ働きのある心」「物事の真実を見きわめて、それに適応していく心」である(松下幸之助『素直な心になるために』PHP文庫)。
社長に就任して初めて栃木トヨタの全社員の前で話をした時、新井さんは、自社が目指すべき姿は「真のリーダー企業」であること、そしてそのためには「素直な心」が根底になければならないことを話し、全社員に『素直な心になるために』を配付した。
だが、書籍を配っただけでは、意識の浸透は十分ではない。そこで、「実際に素直な心で生きていると思われる人に、直接触れる機会をつくるのが一番の近道だ」と考え、自由奔放な書で人々を魅了する書道家の武田双雲氏や、東日本大震災の際、全く新しい仕組みで効果的なボランティア活動を為し遂げた心理学者の西條剛央氏の講演などを実施している。雰囲気をよくすることも同様に、「雰囲気のいい人と接すること」を重視し、組織・風土改革の第一人者、大久保寛司氏(人と経営研究所代表)によるリーダー向けの研修を実施。対話を通じた雰囲気の改善がいかに人や組織を活性化させるかを実感する場を設けている。
こうして、グループ内で共有すべき価値観は何なのかというメッセージを発し続けているのである。
価値観にもとづく経営の実践
企業のトップは「現場を知る」ことが大切だといわれている。新井さんも、就任当初は各店舗の定期的な視察を欠かさなかった。しかし、ある時を境に、それをピタリとやめてしまった。
「お店に顔を出すと、社長の私が“お客様”扱いになるのです。下手をするとお客様よりも優先されてしまいます。そのような対応が定着してしまうくらいなら、行かないほうが社員にとってはプラスだと考えたのです」
社員がいつもトップの顔色を窺いながら仕事をする。トップの“鶴の一声”ですべての物事が決まる――これは、オーナー系企業によくみられる傾向だ。そのこと自体には長短両面があるのだろうが、新井さんは〝鶴の一声〟ではなく、グループで共有する価値観にもとづいて物事を判断できるようになるべきだと考えている。
だから、社内のことで多少問題を感じたとしても、それがお客様に迷惑をかけることであったり、重大なこと、急を要することであったりしないかぎり、あえてみずからが指示して直させようとはしない。
実は今も、お客様より自社の役員に配慮しているのではないか、と思わせるある習慣があるが、新井さんは黙って見守ることにしている。指摘すればすぐに改善されるかもしれないが、それではただ上から命令されてやっているだけで、ほとぼりが冷めればまた元に戻ってしまう。あるいは、言われた点だけは改善されるが、他の点は指摘されるまで放置されるだろう。
NEZASが目指すのは、社員の中から自然に「こうすべきではないか」という意見が出てくる組織である。「今やっていることが浸透すれば、おのずとそういう姿が実現できるはずだ」と新井さんは考えている。
自社を理想像に近づけるために、ひたすら上を目指すというやり方は、よくあるだろう。だが、NEZASの場合は、無理やり上を向くのではなく、まずみずからの足元を見つめるところからスタートしている。
速効性のあるやり方ではない。地道な一歩一歩の積み重ね。そして社員の気づきを待つ姿勢。派手なパフォーマンスやめざましい業績が注目されがちな中、大地にゆっくりと〝根ざす〟ような経営に、地元密着型企業の古くて新しいあり方が見えた。
(おわり)
◆『衆知』2017.3-4より
DATA
栃木トヨタ自動車株式会社
[代表取締役社長]新井将能
[本社]〒321-0105
栃木県宇都宮市横田新町3番47号
TEL 028-653-1210
FAX 028-653-7554
設 立...1946年
資 本 金...1億円
事業内容...新車販売、中古車の販売・買取、自動車の点検・整備・鈑金・塗装、カスタマイズ、用品・部品の販売
↓「松下幸之助経営塾」のfacebookもあわせてどうぞ♪