株式会社桶庄は、名古屋市を中心に住宅リフォーム・リノベーション、不動産売買、およびガス器具の設置販売等を行なっている。桶屋を始めた明治5(1872)年創業の150年近い歴史を持つ企業だ。創業家の長男として生まれ育った佐藤寛之さん(「松下幸之助経営塾」卒塾生)は、平成23(2011)年、29歳の時に桶庄に入社。早々に新規事業の責任者を任されることになる。そして、令和元(2019)年5月1日に5代目社長に就任した。だが、これまでの道のりは決して平坦ではなかった。挫折の連続だった青年期、死への覚悟、実践経営での戸惑い......。数々の曲折をどのように乗り越え、経営者として成長を遂げたのか。その歩んできたプロセスをうかがった。
◆一人ひとりの志を種に、個性と主体性を解き放つ~株式会社桶庄・佐藤寛之代表取締役(前編)からのつづき
<実践! 幸之助哲学>
すべてが調和・発展する「森林経営」を目指してーー後編
衆知が「ゴールドスタンダード」に結実する
社員の内発的動機をどう発露させるのかを模索していた時、佐藤さんに企業理念を改訂する機会が訪れた。改訂を任されたのは、おそらく、五代目の社長就任を見据えてのことだろう。
以前の佐藤さんなら、「企業理念は社長一人で決めるもの」と思っていたかもしれない。しかし、「それでは社長の理念にはなるが、みんなの理念にはならない」と考え、幹部を中心に社員の声を聞き、それらを言葉や表現に盛り込んだ。佐藤さんにとって「衆知を集める」ことの手応えを感じるプロセスになった。
こうして完成したのが、桶庄のコーポレートスローガン「すべては、私たちの明日の笑顔のために!」と、「4つの約束」(お客様に対する約束、従業員同士の約束、会社に対する約束、地域社会との約束)である。この新しい企業理念を、桶庄では「ゴールドスタンダード」と呼んでいる。佐藤さんの志と思いが、ここに凝縮されたのだった。
同時に、毎年作成し、社員で共有している「経営計画書」も改訂した。従来の経営計画書は、様々な状況や場面でどう行動すべきかが細かく具体的に示されている、いわばマニュアルのようなものだった。佐藤さんは、これにも違和感を持っていた。
「誰がやっても同じ成果が出るようにという、その意図はわかりますが、その人のオリジナリティとか、工夫の入る余地がないのは違う気がしたのです。その人自身がどうすべきか考える。そのひと手間が大切です。それによって血の通った行動になると思うのです」
そこで、経営計画書からマニュアル的な要素を排除して、あえて抽象的な表現にとどめた。
「指示や命令は、与えれば与えるほど、その人自身が持っている潜在能力や可能性を奪っていくことになると思います。ですから、例えば何か相談されたとしても、私から明確な答えは言わないように心がけています。答えを言うのではなく『投げかける』、あるいは『引き出す』。究極は『解き放つ』というレベルまで行きたいと考えています」
トップに指示を仰いですぐに答えが返ってくれば、部下は言われた通りにやるだけで、難しいことを考える必要はない。しかし、佐藤さんのような対応をされると、部下は何が正解かわからない中で自分なりに答えを導き出し、行動を選択しなければならない。また、それによって起こる出来事に、自分で対処しなければならないから、仕事のハードルは高くなる。だからこそ、そこに工夫の余地が生まれ、オリジナリティを発揮できる場面が訪れる。目の前の課題を自分の力でクリアできたら、自信にもつながるし、仕事のやりがいも感じられるようになる。
佐藤さんのねらいはそこにあるのだろう。ただし、長く外発的動機にもとづいて行動していた人が、トップのスタンスが変わったからといって、すぐに内発的動機にシフトできるとは限らない。理念の浸透、社風の改革には時間がかかる。佐藤さんもそれを承知の上で、少しずつ理解者・共感者が増えていく状況を楽しんでいるそうだ。
奥から、新入社員が毎日綴る日誌(ノート)、入社式で発表する決意表明、経営計画書と「ゴールドスタンダード」を記したクレドカード(左)
最も力を入れる〝採養〟と〝共育〟
佐藤さんが目指しているのは、「志をともにする人たちが集う会社」である。価値観や考え方を他人に強制することはできない。「同志」が集うためには、桶庄の価値観に共感・共鳴してくれる人を採用することが、大きな力となってゆく。そのために佐藤さんは、仕事のエネルギーの多くを〝採養〟と〝共育〟に費やしている。
採養とは、採用と入社後の教育を一つのものとしてとらえた言い方であり、共育は、上から下に押しつけるのではなく、「互いに影響を発信し合い、互いに育て合う」という意味が込められている。
会社説明会では、仕事の内容や条件といった「外面的な」要素の説明は必要最小限にとどめ、佐藤さん自身の人生観や価値観、桶庄の志や企業理念といった「内面的な」話を中心にする。
そうした一般的な会社説明会とは全く異なる切り口で展開される内容を聞いて、来場者は新鮮な驚きを感じる。そして、桶庄の理念や佐藤さんの人生観に共感する人だけが、次のステップに進んでゆく。最終選考には、「なぜ桶庄で働きたいのか」というプレゼンテーションを課している。かなり負荷の大きいプロセスだが、これに応募者がみずから取り組むことによって、入社への覚悟が決まるという側面があるようだ。
晴れて内定が出てからは、半年間の「内定者研修」が待っている。「なぜ桶庄を選んだのか」「ここで働くことを通してどんな自分になりたいのか」を定期的に振り返り、決意を固めていく期間だ。その成果は、四月の入社の日に「決意表明」として結実させることになっている。これは単なる「頑張ります」という宣言ではない。それぞれの人がどんな志を持って仕事に臨むのか、自分自身の価値観や人生観の表明と言ってもよい。佐藤さん自身が志から経営を出発させたように、入社する一人ひとりも、自分の志から桶庄での仕事を始めることになる。決意表明は、その証なのだ。
新卒向けの会社説明会の様子。3時間にわたって、企業理念や佐藤さんの志について語る
「森林経営」で共存共栄の世界を
入社の時に高い志を抱いていても、いざ仕事が始まると、現実の波に押し流されて、いつのまにか志が忘れ去られてしまうことがある。そうならないために、桶庄では入社後半年間は、毎日日誌を書いて自分の決意を振り返ることにしている。その日学んだことや自身についての気づきなど、手書きで大学ノートにびっしりと書かれる。佐藤さんは全員の日誌を毎日読んで、自筆でコメントを書き込み、本人にフィードバックする。
日誌は職場の先輩や同僚も目を通す。新入社員の頑張りや成長が目に見えて、みんなで応援しようという気持ちになるという。また、同期入社のメンバーはSNSのLINEでグループをつくっていて、お互いの日誌がシェアされるようになっている。配属先がバラバラで日頃は顔を合わせることがなくても、毎日日誌をシェアすることでお互いの状況がわかり、気持ちが通じ合うようになる。
こうして、価値観の共有や志の確認を通して桶庄の企業理念が一人ひとりの社員に少しずつしみわたり、桶庄独自の企業風土が形成されていくのだ。
佐藤さんは、「森林経営」という、組織の一つの理想像を思い描いている。
「森は様々な生命がお互いに活かし合うことで調和を保ち、進化しています。個性や多様性が尊重され、お互いがよい影響を与え合うことで発展していく会社にしたい。これを私は伊那食品工業さんの『年輪経営』にあやかって『森林経営』と呼んでいます。森林は、有機体として生成発展しながら、お互いが共存共栄していける究極のモデルではないかと思います」
例えば、現在の桶庄は、住宅のリフォーム、住設機器の修繕・メンテナンス、不動産事業を営んでいるが、特定の業種・業態にこだわっているわけではない。家を購入したお客様に新しい生活を豊かにする提案をしたり、リフォーム期間中に旅行を提案するのでもいい。桶庄のミッション、理念にふさわしいものであれば、どんな表現方法でもよいと考えているのだ。多角化を図ることで、これまで以上に「適材適所」が可能になり、社員に潜在能力を発揮する場を用意することができる。
多くの先人、先達の経営者から学びながら、みずからの志を基礎に据えて、佐藤さんは他社には真似のできない経営のあり方を実現しようとしている。森林が生命を活かすことで豊かになっていくように、桶庄は人を活かし、一人ひとりの心を磨き高めることで、新しい時代にその存在感を増していくに違いない。
入社3年目までは毎月本社に集まって日帰りの「フレッシャーズキャンプ」という新人研修を行なう
(おわり)
◆『衆知』2021.1-2より
DATA
株式会社 桶庄
[代表取締役社長]佐藤寛之
[所在地]〒461-0018
名古屋市東区主税町4丁目48番地
TEL 052-931-7876
FAX 052-931-8439
設立...1978年(創業1872年)
資本金...3,100万円
事業内容
マンション・一戸建・集合住宅のリノベーション事業、マンション・一戸建・集合住宅のリフォーム・メンテナンス事業、宅地建物取引業