高尚な理念を掲げていながら、マニュアル的な対応で不評を買ったり、不祥事を起こしてしまったりする企業があとを絶たない。理念が目指すところを現場の仕事の次元にまで落とし込むにはどうすればいいのか。何を実践することが、理念にかなった仕事に通じていくのか。すべてのお客様・従業員の一生涯を応援するライフタイムサポーターになることを理念に掲げるスヴェンソングループ(代表取締役社長CEOの兒玉義則さんは「松下幸之助経営塾」卒塾生)の経営に、そのヒントを探った。

お客様との接点を磨き理念を現場で実践(前編) からのつづき

経営セミナー松下幸之助経営塾

<実践! 幸之助哲学>
人生を応援するライフタイムサポーターを目指して――後編

全社員との対話を始める

その後は本社に戻って、人事や総務、経営企画など、幅広い業務に携わっていく。とにかくこの会社を大きくしたい、よい会社にしたいという一心で、ひたすら仕事に取り組む日々だった。

 

転機の一つは、二〇〇三年のレディス事業部の新設である。それまで男性向けの増毛専門会社だったスヴェンソンだが、お客様からの問い合わせや要望に応えるために、女性向けや医療用ウィッグの販売に本格的に参入した。これによって市場が広がり、スヴェンソンの成長を加速させることになった。

 

実績を上げる中で、義則さんは次第に経営の中枢にかかわっていくことになる。苦労することも多かったが、なかでも印象に残っているのが、ドイツのグループ会社への赴任だった。
赴任すれば、日本を留守にすることになるので当然、周囲からは猛反対されたが、「今わが社の源流であるドイツを知っておかなければ、二度とその機会は生まれない」と思って押し切った。

 

現地では昼間は会社で勤務し、夜間は語学学校でドイツ語のトレーニングを積んだ。毎回宿題が出る。予習もしなければ授業についていけない。仕事と勉強で寝る間もないほどだった。

 

「あれだけ密度の濃い時間を過ごしたのは初めてでした。ドイツ語なんてほとんど知らないところからスタートし、恥ずかしい思いもしましたけど、なんとか日常会話程度はできるようになり、家族ぐるみでつきあえる同僚や友人もできました。あきらめずに、逃げずにやってきてよかったと思える経験でした」(義則社長)

 

約三年間のドイツ赴任は、義則さんの心を鍛える一助になったと同時に、その間仕事を任せておける存在の重要性をあらためて認識する機会にもなった。企業の成長は、任せられる人材をどれだけ育てられるか、その点にもかかっているのである。

 

ただし、帰国して気にかかることもあった。それは、知らない社員が増えたことである。そこで義則さんは、全社員との対話を始めた。
ヒントになったのは、カルロス・ゴーン氏が日産自動車のCEOになった時、まず現場に足を運んで話を聞いたというエピソードだった。

「あんな大きな会社のトップでも、いきなり現場に行くんだ」と衝撃を受けたことを思い出した。「知らないなら、まずは自分から足を向けてみよう」という気持ちだった。

 

結果は「ものすごく勉強になった」と義則さんは強調する。当時四〇〇人近い社員がいた。全国に展開する店舗を回って全社員と面談するには、相当の時間を割かなくてはならない。それでも、プラスのほうが大きかった。

 

面談では義則さんは聞く姿勢に徹している。すると社員の人となりや気持ち、考え方などが伝わってくる。社員からすれば話を聞いてもらえることでモチベーションもアップするし、思わぬ問題点や、現場で改善すべき点が浮き彫りになることもあった。
現在は別の幹部が引き継いでいるが、その幹部も同様に「ものすごく勉強になる」という感想を漏らしているそうだ。

松下幸之助経営塾資料

松下幸之助との“再会”

二〇一五年十月、義則さんは代表取締役社長に就任した。すでに経営者の立場で仕事をしていたので、特に何かが大きく変わるという意識はなかったという。

ただ、社長になってほどなくして、圭司会長から一枚のパンフレットを渡された。それが「松下幸之助経営塾」だ。

 

「松下幸之助」という文字を見て、義則さんは社会人になりたての頃に読んだ一冊の本のことを思い出す。講談社から出版されていた『若さに贈る』(松下幸之助著、現在はPHP研究所刊)という本だ。そこには仕事の素晴らしさや、若さというかけがえのない価値、そしてそれを真剣に真摯に活かし切ることの大切さが綴られていて、大変感銘を受けた。

以来、松下幸之助の本は何冊も読んできた。社長になったのを機に偶然“再会”した松下幸之助の哲学を、経営塾という別のかたちで実践的に学ぶことも、また意味のあることではないか、という思いから参加を決めたのだという。

 

一泊二日の講座が全六回、約十カ月にわたって行なわれる。初回こそ、初対面の緊張感が漂うが、二回三回と回を重ねるたびに受講生同士が打ち解け合い、お互いにわかり合えるようになる。経営塾は単なる知識の勉強をする場ではなく、講座当日はもちろん、毎回次回講座までの宿題として出される課題に取り組む作業を通して経営者としての自分と自社のあり方を問い直し、徹底的に深掘りしていく。自分を掘り下げれば掘り下げるほど、他者のことも理解できるようになる。みんなが自分の課題に向き合い、難しい場面がある中でもなんとかしてそれを乗り越えようとしている。その姿が自分の姿と重なるようにもなり、苦労を共にする“仲間”“同志”という意識が芽生えるのである。

 

こうなると昼間の講座だけではなく、夜の懇親会も活発になる。全六回が終了した時は、「えっ、もう終わってしまうの?」という気持ちになり、とても名残惜しかったそうだ。
そこで、気の合う同期生が定期的に集まって、お互いの会社を訪問し合い、工場や店舗を見学したり、ミーティングや会議に出席したりという活動を続けている。

経営塾を一つのきっかけにして同志のネットワークが築かれ、学びがさらに広がっていく様子がよくわかるエピソードだ。

松下幸之助経営塾資料

現場の実践があっての理念

経営塾の大きなテーマは、経営理念の確立とその継承である。
スヴェンソングループでは、先代の頃から経営理念を策定し、企業としての軸を定めてきた。そして「企業は人なり」という考えのもと、人材教育に力を入れてきた。全社員が一堂に会する「全体ミーティング」を早い時期から年二回開催し、理念の浸透や目標の共有を図っている。

 

加えて、全社員参加のボランティア活動を年二回実施。医療機関に出向き、日頃は手が届きにくい器具・設備の清掃や、入院患者の洗髪を行なったり、高齢者施設や障がい者施設でのサポート、イベントの手伝いなどをしている。
ボランティアを通して奉仕の精神や感謝する心をあらためて見つめ直し、人の気持ちに対する感度を高めていく。それが、日常の業務に戻ってきた時、お客様への接し方の中でも活かされるようになるのだという。

 

理念は掲げるだけでは浸透しない。一方的に伝えようとしても、なかなか伝わらないものである。そこには様々な仕掛けや工夫も必要だが、やはり問われるのは伝える側がどれだけの思いや熱意を持っているかだろう。
スヴェンソングループの新入社員に対しては、まず社長から理念のレクチャーがある。概ねこんな趣旨だ。

 

「例えば、皆さんが何か商品を購入したとします。ところが不具合があってうまく使えなかったら、どうでしょうか。おいしそうだなと思って買った食品が、実は不衛生な工場でつくられていたと後からわかったとしたら、どう思うでしょうか。
たとえいくら素晴らしい理念を会社が掲げていたとしても、お客様を落胆させてしまう。あるいはお客様に迷惑をかけてしまえば、それは社会貢献どころか、世の中に迷惑をかける存在になるんです。
企業理念は世の中とお客様に対する約束です。グループの中核企業スヴェンソンは『美と健康と環境の分野で社会に貢献する』と宣言しています。宣言している以上、その通りの行動をすることは義務です。美と健康を求めてご来店くださったお客様に喜んでいただくことが、当社の使命なんです。だからマニュアル通りに仕事をこなせばいいのではない。マニュアルには必要最低限のことが書いてあるだけで、根底には理念がある。一番大切なのは理念なんです」

 

そして、実際に理念を現場の仕事において体現していくことを、義則さんは「お客様との接点を磨く」という言葉で表現する。
お客様との接点とは、「お客様が来店された時」「電話で話す時」「メールや手紙のやり取り」などだ。その接点をいかに磨き上げ、素晴らしいものにしていくか。そこに企業の成長の根本がある、と義則さんは言う。

 

「例えば新聞に全面広告を出して企業理念を喧伝するだけでは、お客様の心にそのメッセージは届きません。お客様の心に残るのは、お店に入った瞬間から出ていくまでに起こった出来事であり、電話やメールから感じられる言葉や雰囲気です。私たちとお客様との関係はそこにしかない。私たちが伝えたいメッセージは、お客様との接点でしか伝えることはできません。だからこそ、私たちはお客様との接点に全力投球し、決して妥協をしてはいけないのです」

 

経営理念を実際の仕事にどう落とし込むのか。現場でどう理念を実践するのか――経営理念の策定に伴って浮き彫りになる課題である。義則さんはみずからの店舗経験を原点として、経営トップとなった今でもそれを肌感覚として持ち続け、「お客様との接点を磨く」という観点で実践し続けている。

 

「それは会社とか仕事の範疇を超えて、人としてどう生きるかということだと思います。そのことを私は松下幸之助さんから学んだのです」
と義則さんは言葉に力を込めた。

 

スヴェンソン 基本理念

社内に掲示される基本理念

(終わり)

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