何が正解かわからない中で答えを見出していかなければならないのが、経営である。目の前の穴を埋めるために即戦力を中途採用するのか、社内に人を育てる文化を形成するために新卒を定期採用するのか。あるいは、強力なトップダウンで社員を引っ張るのか、社員の主体的な取り組みを促し任せるのか――。
経営理念を策定することで、これらの難問に迷うことなくそれぞれ後者の答えを選択するようになったのが、つくば食品である。二代目社長(「松下幸之助経営塾」卒塾生)にその経営哲学を聞いた。

 

<実践! 幸之助哲学>
社員の意欲と可能性を最大限引き出す――前編

多品種少量生産で新規参入を果たす

茨城県のシンボル的存在であり、関東平野を一望できる筑波山。その筑波山を東に望む茨城県の西端、古河市で業務用液体調味料を製造・販売しているのが「つくば食品」である。
一九九五年、八巻大介現社長の父親である八巻克現会長が、四十七歳の時に脱サラし創業した。調味料メーカーの営業社員として働いてきた経験を活かし、妻を含めた四人で会社を立ち上げたのだった。初めの一年間はほとんど売上が上がらない厳しい現実に直面した。外部の支援者からは、傷が深くなる前に会社をたたむべきとのアドバイスももらったが、社員全員「まだ終われない」との思いから、続けることを決意した。

 

つくば食品が手がける業務用調味料は、スーパーやコンビニで販売される惣菜や弁当、外食チェーンで提供される様々な食事メニューに使われている。名前を聞けば誰でも知っている大手食品メーカーから中小・零細まで、多数の競合がひしめく世界である。他社と同じことをしていても、新規参入は不可能だ。
そこで、つくば食品が取った方策が「多品種少量生産」だった。

 

「技術力、営業力、価格競争力、どれを取っても大手にはかないません。では、当社が大手に対抗するためには、何ができるのか。そのことを追求していった結果、お客様の細かなご要望にまでお応えできる対応力というセールスポイントに行き着いたのです」(以下、発言はすべて八巻大介社長)

 

業務用調味料とは、各顧客別のオリジナル製品である。日本人が口にする「食」は、年々多様になってきている。外食産業も、スーパーやコンビニといった「中食」産業も、消費者の嗜好に合わせて多彩な味覚を提供したいと考える。そこで、外食産業のシェフやスーパーのバイヤーと打ち合わせを重ね、先方が提供したいと考える味を毎回創作するのが、業務用調味料会社の役割となる。つくば食品では、顧客によって微妙に異なるニーズにも、きめ細かく対応することで信頼をつかみ取ってきた。

 

同時に、大きくモノを言うのが「ロット」である。調味料には賞味期限がある。一度に大量生産したほうが効率的だが、期限内に使い切れなければロスが生じてしまう。したがって、顧客サイドとしては、できるだけ少量で発注できることが望ましいわけである。
大手メーカーが五〇〇~六〇〇リットルでつくるところを、つくば食品では二〇〇リットルから応じる。中小のスーパーや店舗数の少ない外食チェーンなどにとっては、この差は大きい。
こうして、小回りの利く対応力と少量生産によって次々と新規顧客を開拓し、今や取引先は北は北海道から南は鹿児島県まで、全国各地に及んでいる。

 

しかし、低成長時代を迎えた現在、状況はさらに変化してきているようである。
「お客様のほうでも調味料を自社内でつくる『内製化』を進められるところが増えてきました。そうすると、今までそこに商品を納めてきた大手調味料メーカーが、中小の顧客のほうにも進出してきます。中小の顧客を獲得するためには、大ロットがネックになりますから、大手メーカーでも小さなロットでつくれるような工場を新設しているんです。当社を取り巻く競争はますます激化していますね」

 

変化に対応するために、これまで以上に「小さくつくる」ことが求められている。ただ、ロットを小さくすればするほど生産効率は落ちる。管理する在庫の種類も増え、出荷の対応も煩雑になる。つくば食品では、このほど工場を改修し、生産から出荷まで、より効率的に運用できる体制を整えたところである。熾烈な「生産性との闘い」は、これからも続く。

 

つくば食品の釜

200リットル製造可能な釜

顧客の要望に合わせ、オリジナルのたれを一つひとつ調合する

 

“後継者”に目覚めた先輩のひと言

現在のつくば食品の陣頭指揮を執るのは、二代目社長の八巻大介さんである。父親の克さんがこの会社を創業した時、大介さんは高校二年生だった。
それまでは、ごく普通のサラリーマンの家庭に育った。それがある日、父親から「会社をつくった」と聞かされた。「ふうん、そうなのか」と思っただけで、特別の感慨はなかったという。「ましてや将来、自分が会社を継ぐなどとは、考えもしませんでした」――と本人は言うが、卒業後、地元の食品会社に就職するという進路を選んだところをみると、もしかしたら無意識のうちには、何か考えるところがあったのかもしれない。

 

食品会社の現場を経験し、三年ほどたった時、つくば食品で人手が足りなくなり、呼び戻されて入社することになる。四人の創業メンバーに次いで入社した最初の社員である。したがって、会社としては古株ということになり、後年事業を継承した時も、社内ではスムーズに受け入れられる土壌があった。

 

入社して五年ほどたった時、大介さんに一つの転機が訪れる。取引先で、都内にある総合食品商社への出向、いわゆる“丁稚奉公”だ。父親の克さんのお膳立てではあったが、大介さん自身も、一度は外の世界を見る必要性を感じていた。
地元の小・中・高校を出て地元の会社に就職し、親の会社に入る――極めて限られた世界の中だけで生きている気がしていた。このままではいけない、と感じていたところだったので、丁稚奉公の話は“渡りに船”だった。

 

「名刺交換すら満足にしたことがないような若造が、出向先で初めてまともな社会人に育ててもらったかっこうです。仕事は非常にハードでしたが、いい人たちとめぐり会うことができ、今思い返しても、とても貴重な経験を積ませていただきました」
全国のコンビニエンスストアに食品を卸す仕事だった。コンビニのバイヤーや関連企業の開発担当者と商談をし、使用が決定した食材をメーカーと折衝し指定場所へ納品する。難題だったのが、当時の流通業界では、「欠品」がタブーだったことだ。「何があっても商品を切らしてはいけない」という不文律があった。

 

「ところが、なくなりそうだと判明するのは、たいてい夜遅くなってからなんです。そこからあわてて商品を確保して、それを翌朝までに店に届けなければならない。夜中に倉庫を開けてもらったり、トラックを手配したり。そういうイレギュラーなことが、頻繁に起こる職場でした」
夜中でも緊張感が絶えない過酷な職場だったが、生まれて初めてそのような厳しい環境に身を置き、大介さんは着実に会社生活に必要な「仕事力」を身につけていった。

 

がむしゃらに仕事と格闘する日々を送る一方で、大介さんの心のうちには、「何のためにこの仕事をやっているのか」という疑問も湧き起こってくるようになる。確かに勉強にはなる。しかし、それが自分の将来とどうつながっているのか――。
そんな時、出向先の先輩社員が、大介さんに声をかけてくれた。

 

「おまえは、何のためにここに来ているんだ?ここで骨をうずめるつもりか?そうじゃないだろう。ちゃんと持って帰れるものを見極めながら仕事をしろよ」
このひと言が、くすぶっていた大介さんの心を目覚めさせた。「自分は会社(つくば食品)を継ぐために、ここに来ている。いずれ社長になる人間として会社に戻るんだ」――それまでの迷いが完全に吹き飛んだ瞬間だった。

 

◆衆知を結集させて、“味わい”ある組織に(後編) へつづく

 

経営セミナー 松下幸之助経営塾

 

◆『衆知』2017.5-6より

衆知17.5-6

 

DATA

株式会社つくば食品

[代表取締役]八巻大介
[本社]〒306-0204
 茨城県古河市下大野2000-25
 配電盤茨城団地内
TEL 0280-91-3841
FAX 0280-91-3843
設  立…1995年
資 本 金…1,900万円
事業内容…業務用液体調味料の開発・製造・販売/外食・惣菜メニューの企画提案/農畜水産業と連携した商品の開発

 

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