何が正解かわからない中で答えを見出していかなければならないのが、経営である。目の前の穴を埋めるために即戦力を中途採用するのか、社内に人を育てる文化を形成するために新卒を定期採用するのか。あるいは、強力なトップダウンで社員を引っ張るのか、社員の主体的な取り組みを促し任せるのか――。
経営理念を策定することで、これらの難問に迷うことなくそれぞれ後者の答えを選択するようになったのが、つくば食品である。二代目社長(「松下幸之助経営塾」卒塾生)にその経営哲学を聞いた。

 

衆知を結集させて、"味わい"ある組織に(前編) からのつづき

 

<実践! 幸之助哲学>
社員の意欲と可能性を最大限引き出す――後編

3つの経営課題に取り組む

三年半ほどの修業期間を経て、大介さんはつくば食品に戻ってきた。出向前の様子を知る社員に、「別人になって帰ってきた」と言わしめるほどの変化だったという。意識の変化こそ、人を変える最大要因かもしれない。
後継者としての大介さんは、三つの経営課題を設定した。「環境づくり」「組織づくり」「人材づくり」である。

 

このうち「環境づくり」については、戻ってきてから間もない二〇〇七年に、克社長(当時)の意向で「二〇一五年に社長交代」を社内外に明言することになった。同時に大介さんは取締役に就任し、周囲からの見る目の変化も促して事業承継の足場を固めた。
「組織づくり」については、二〇〇七年から中途採用を改め、一〇〇パーセント新卒定期採用に切り替えたことが、エポックメーキングな出来事になる。新卒採用に踏み切った理由を、大介さんはこう説明する。

 

「この頃に痛感していたのは、『規模が大きくなること』と『会社が成長すること』は違う、ということです。売上が伸びて仕事は増えても、人は思うように育たず、仕事の質は高まらない。辞める社員が出ると、その『穴埋め』として中途採用をする。その繰り返しでした」
しかし、場当たり的な中途採用では、社員がなかなか定着しない。すると、次第に人に対する見方がぞんざいになってくる。

 

「せっかく採用しても、『いつまでもつか』『どうせまた辞めるだろう』という目で見てしまうんですね。これはよくないと思いました。そこで、地元の高校を卒業した人を新卒で採用し、しっかりと育てていく文化をつくりたいと考えました。新卒を一から育てるのは、遠回りではあるけれども、長い目で見ればきっとプラスになるに違いないと思ってのことです」

 

こうして、現在まで十年間、毎年新卒採用を継続している。「就職氷河期」と呼ばれた時代には、大卒も採用した。「大手が採用を控える今だからこそ、われわれが採用すべきだ。この機会を逃せば、二度と大卒を採用するチャンスは訪れないかもしれない」――そんな思いだった。大介さんの期待に応えて、この時期には、優秀な大卒社員がつくば食品に入社しているという。

 

新卒採用を始めて十年の節目を迎えた今年、大介さんにとって嬉しい出来事があった。初めて新卒採用し、先年結婚した女性社員が出産を間近に控えているというのである。社員に子供が生まれるのは初めてではないが、社会人一年生の時からずっとその成長を見守り続けてきた人が、母親になり子供を育てていく姿を見るのは、格別に感慨深いのだという。
そこには、社員を単なる「事業を推進するための一戦力」と見るのではなく、「会社で働くと同時に、家庭生活を営み、地域社会に生きる一人の人間」と見る大介さんの視点がある。

 

「人を大切にしない会社は、生き残れない」「人に来てもらえなくなれば、会社を存続することはできない」――大介さんにはそんな危機感がある。だから、とりわけ採用と教育には力を入れる。
今後は、中途採用の再開も検討している。東京へ就職したものの、いざ通勤するとなるとかなり厳しいという経験が、出向時代の大介さんにもあった。二、三年でUターンして地元で働きたいという人が増えているらしい。その人たちの受け皿になりたいという気持ちだ。目先の人手不足の補充のためではなく、地域で働く人の人生観や生活設計に応えていこうという姿勢である。

 

「いくらいい機械を入れても、それを動かすのは人間です。人がいないと回らないのが、われわれの会社なんです。ですから、常に人を入れ続け、少しずつでもその人たちが成長していく必要があります。それが製造業の宿命だと思います」
ここにも地域社会の一員としての企業のあり方が示されているのではないだろうか。

 

みんなが自分の言葉で経営理念を語れる場をつくる

三つめの経営課題である「人材づくり」。新卒定期採用を実施しても、育てる仕組みが整っていたわけではない。手探りで進めてきたというのが率直なところだ。
人を育てるためには、まず育てる側に考え方・指針がないと、教育の施しようがないものである。会社の場合、この指針にあたるのが経営理念だといえる。

 

つくば食品が経営理念をつくったのは、社長時代の克さんが、地元の税理士法人である報徳事務所の赤岩茂氏と出会ったことがきっかけである。赤岩氏の指導で、経営理念の策定こそ経営者にとって最も大切な仕事であることを教えられ、理念の作成に着手した。他社の事例も研究し、検討と議論を重ねた末、二〇〇七年に完成。翌年の経営計画発表会の場で全社員に提示した。

 

「いい会社にしましょう~常に進化する企業を目指して」が、つくば食品の経営理念である。ひと言で「いい会社」といっても、それが指し示すものは人によって様々だ。また、時代によって何が「いい」かも変化する。社長を継承する際、大介さんは自分なりに理念が腑に落ちているだけでは不十分で、社員が理解できるような文章にまで落とし込んでおく必要があることを感じた。

 

「そもそも経営理念とは何か」から始まり、経営ビジョンや綱領として表現された言葉も細分化して自分の言葉で注釈を入れる作業を行なった。こうして、経営理念が咀嚼されて大介さんの体の中に取り込まれていったのである。

理念が組織に浸透するためには、これと同じような作業が、一人ひとりの社員の中でも行なわれる必要がある。大介さんの工夫は、経営計画発表会の際に設けた「グループ討論」の時間にある。これは、計画発表が終わったあと、数人ずつのグループに分かれて、一つのテーマについて社員がディスカッションを行なうものだ。

 

「例えば、みんなにとって『いい会社』とは何か、などを話し合ってもらうと、面白い発見があります。バブル期を経験したベテラン社員は、『保養施設がある』など、物質的豊かさを挙げる傾向があるのに対して、若い社員は『子育てがしやすい』『給料が安定している』など、働き方や就労環境に目が向いている。どちらがいい、悪いではなく、一人ひとり異なる『いい会社』像があるのだと知ることは、経営者にとってとても大事なことだと思いました」

 

「さらに、」と大介さんは続ける。
「若い人は全体会議の場ではなかなか発言しづらいようですが、グループに分けると、途端に思ったことを言い始めるんです。しかも楽しそうに。われわれが一方的に話すよりもずっと実のある経営計画発表会になると思いました」

 

こうして経営理念をもとにした会社としての価値観と社員一人ひとりの価値観が近づいていくにつれて、社内の雰囲気は次第に変化していったという。社員と管理職との距離が縮まり、風通しがよくなった。結果として、経営計画発表会を行なう前と比べ、社員の定着率が大きく上がったのだった。
「人材づくり」にゴールはない。大介さんの模索と挑戦は今も継続中である。

つくば食品箱詰め作業

箱詰め作業の風景

小分けされたパックにラベルを貼り、丁寧に箱詰めしていく

 

「共感と合意」をベースに衆知経営

「会社の器は、社長の器」――そう思って、少しでも自分の器を広げようと、大介さんが参加したのが松下幸之助経営塾だった。そこで触れた幸之助の経営哲学の中で、最も琴線に触れた言葉が「衆知」だったという。
「入社してくる社員たちは、みんな私より優秀な人ばかりです。彼らの能力を活かし、専門性をいかに発揮してもらうのか、会社の盛衰はそこにかかっているといっても過言ではありません」

 

世の中には、組織の力で個々の社員を押さえつけ、その可能性にふたをしてしまうケースも少なからず見受けられる。大介さんはみずからの判断を押し通すことよりも、社員が自分の頭で考え、主体的にものごとを進められるような環境づくりを理想としている。

 

例えば、工場を改修する時は、現場の担当者が意見を出し合い、現場責任者が最終的に判断するかたちで案を決めた。現場の人間が「自分たちの工場だ」と思えることを重視したかったからである。
経営計画発表会においても、入社三年目くらいの社員には、前に立って発表する場を設けている。何かを発表するためには、日頃から問題意識を持って仕事に向かうことが必要だ。こうしたことの積み重ねが、社員の能力を引き出し、人が育つ文化を社内に醸成することになると大介さんは考えている。

 

「自分が現場のことに直接判断を下すということは、極力しないように努めています。社員に対して何か言いたいことがあれば、幹部に言って幹部から伝えてもらうようにします。私が組織を飛び越えて誰彼かまわず意見するようになると、直属の上司と言うことが異なる場合も起こりうるからです。社員とは年二回、個別に面談する機会を設けていますが、この時は、私が何かを伝えるというよりも、社員が思っていることをこちらが聴く場だと考えています。
創業経営者なら、自分の思いを発信することを中心にしてよいのかもしれません。でも、私は後継者。モットーにしているのは『共感と合意』です。社員が私の思いに『共感』してくれるところまで行けばベストですが、そこまで行かなくても、せめて『合意』だけはしてものごとを進めたい。それが社員のモチベーションを高め、彼らの能力を最大限に発揮することにつながり、結果的につくば食品が社会に貢献できる企業になる――そう信じています」

 

液体調味料は、様々な材料や成分を活かして独特の「旨味」「味わい」をつくり出す。「衆知」が結集するつくば食品は、今後どんな「旨味」「味わい」を発揮していくのだろうか。

(おわり)

経営セミナー 松下幸之助経営塾

 

◆『衆知』2017.5-6より

衆知17.5-6

 

DATA

株式会社つくば食品

[代表取締役]八巻大介
[本社]〒306-0204
 茨城県古河市下大野2000-25
 配電盤茨城団地内
TEL 0280-91-3841
FAX 0280-91-3843
設  立…1995年
資 本 金…1,900万円
事業内容…業務用液体調味料の開発・製造・販売/外食・惣菜メニューの企画提案/農畜水産業と連携した商品の開発

 

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