人口が減少し、飲食業界も今後市場は縮小していくとみられている。競争は激化する一方、食材費の高騰、人件費の上昇や人手不足など多くの課題を抱えている。その中にあって、福島と山形で飲食業を展開する夢成は、人材確保に大きく苦労することなく、売上を順調に伸ばしているという。背景には、熱い志に裏打ちされた鈴木厚志社長(「松下幸之助経営塾」卒塾生)の人への思い、食への問題意識、そして故郷・福島への愛があった。

経営セミナー松下幸之助経営塾

<実践! 幸之助哲学>
食と教育を通じて人々を幸せにする会社――前編

事業は何のために行なうのか

「まず経営理念を確立すること」

 

これは、松下幸之助がみずからの経営理念、経営哲学を二〇項目にわたって説き明かした書『実践経営哲学』(PHP研究所刊)に挙げられている最初の項目である。
多くの会社は、はじめから明確な経営理念を掲げて事業を始めたわけではないかもしれない。実際、松下幸之助自身も次のように述べている。

 

「私の仕事はもともと家内と義弟の三人で、いわば食べんがために、ごくささやかな姿で始めたことでもあり、当初は経営理念というようなものについては、何らの考えもなかったといっていい」(『実践経営哲学』)

 

もちろん「いいものをつくる」「得意先を大事にする」「仕入れ先に感謝する」という気持ちは持ち続けていた。しかし、事業が大きくなり人も増えてくると、そうした商売の通念や社会の常識に従って努力するだけではなく、何のためにこの事業を行なうのかという「生産者の使命」を考えるようになったという。

 

「経営にあたっては、単なる利害であるとか、事業の拡張とかいったことだけを考えていたのではいけない。やはり根底に正しい経営理念がなくてはならない」(前掲書)

 

「利害」も「事業の拡張」も確かに経営の一面である。ただ、その根底に「何のための事業か」を常に問う姿勢を持ち続けることが、その後の企業の発展、企業の存続に大きく影響するというのである。

 

今回話をうかがった夢成株式会社は、福島県と山形県に四つの店舗を展開する飲食業の会社である。夢成の出発点には、「飲食を提供してお客様に喜んでいただく」という社会通念上の考え方のみならず、「食と教育を通して思いやりあふれる人を育て、五十年後、百年後の日本をよくする」という志、何のための事業かという理念がある。夢成ではこれを「飲食業の使命」として事業の根底に据えている。

 

夢成がなぜ創業時からこのような使命感を持って事業に臨むことができたのか、社長の鈴木厚志さんの足取りをたどるところから探ってみたい。

松下幸之助経営塾資料

「飲食で日本を変える!」

鈴木さんが飲食業と出合ったのは大学時代にさかのぼる。高校卒業と同時に故郷の福島県白河市を離れ、東京の大学に進学した。当初は公認会計士を目指して勉強漬けの毎日を送ったが、結局最終の論文試験が通らず断念。
「成功への道を歩むために、早く実社会に出よう」と考えた鈴木さんは、大学を中途退学し飲食の世界に飛び込む。フランチャイズの飲食店で、店長、エリアマネージャーと上り詰めていくという成功モデルを知ったからだった。

 

ある居酒屋チェーンに入社し、一社員としてお客様と向き合う日々が始まった。
「毎日が楽しかった。飲食業は自分にぴったりの仕事だと思いました」と鈴木さんは言う。
ただ、慣れてくるとなんとなくマンネリ感を覚えるようになる。そこで、新しい刺激を求めて休みの日に全国の飲食店を訪ねることにした。自分はこれから飲食でどんな方向に進めばいいのか、そのヒントを得たかったのだ。

 

そして出会ったのが、「本気の朝礼」で有名な居酒屋「てっぺん」の大嶋啓介氏だった。エネルギッシュな職場、モチベーションの高い従業員たち。「自分がやりたかった飲食店の姿はこれだ!」と直感した。

 

「『てっぺん』のことをもっと知りたい。その神髄を身体にしみこませたい」と思った鈴木さんは、洗い場で仕事を手伝いながら終礼に参加させてもらうことにする。当然、自分が働いている店の仕事が終わってからである。仕事が終わるのが深夜零時。それから「てっぺん」に行って無償で締めの作業を手伝い、終礼に参加するというハードワークをしばらく続けた。

 

大嶋氏とも何度となく話をした。はじめは「どうしたらいい店をつくれるか」を聞きに行ったのだが、何を尋ねても結局は「日本を変えようよ!」という結論になるのだという。

 

「幕末維新の志士たちは、みんな二十代、三十代の若者だった。二十代、三十代が時代を動かし、世の中を変えたんだ。オレたちにだって日本を変えられないわけがないじゃないか」——そんな話を聞いているうちに、次第に「自分たちにも日本を変える力がある」と感化されてきたそうだ。

 

ほどなくして鈴木さんは、勤務する居酒屋チェーンで店長に抜擢される。「てっぺん」のような理想の店をつくるチャンスが訪れたのである。早速朝礼のやり方を変え、店の表に出て「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」と唱和した。単にいい店にしようというのではない。世の中全体を元気にしようという意気込みだった。

 

鈴木さんは来店客に名刺を渡し、お客様から名刺をもらえば必ずその日のうちにお礼のメールを出した。さらに返信があれば、それに対しても必ず返事を書いた。これを地道に続けていると、メールのやり取りをするお客様は常連客になり、新しいお客様を連れて来店してくれるようになった。やがて鈴木さんの店は、その居酒屋チェーンで売上トップになる。

 

店では毎日「日報」を書いていた。職場内で情報を共有したり、志やビジョンを確認するために作成したものだが、鈴木さんは、これを両親にも送っていた。

 

「大学を途中で辞めて心配をかけていると思ったんです。『毎日元気で、こんなに充実した日々を送っているよ』という報告をすることで、ささやかな親孝行にもなると思いました」
と鈴木さんは述懐する。
ところが、この行動によって、鈴木さんに思ってもみない未来が開けることになるのである。

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求人募集はしない

故郷の母親が、ある場所で偶然隣り合わせた女性から、「息子さんは何をしていらっしゃるの?」と尋ねられた。母親は、口で説明するよりも息子から送られてくる日報を見せたほうが早いと思って、「こんなことをしているの」と相手の女性に見せた。
この女性が、実は全国的な飲食チェーン「しゃぶしゃぶ温野菜」の東北エリア本部のトップだったのだ。

 

女性は日報の中身に関心を持ち、「一度会わせてほしい」ということになった。これがきっかけで鈴木さんは独立し、福島県郡山市で「しゃぶしゃぶ温野菜 横塚店」を開業することになるのである。二十五歳の時だった。
二十一歳で初めて飲食業に携わって以来、鈴木さんはその勘所を次のように理解していた。

 

「とにかく目の前にいる方に喜んでもらい、幸せな気持ちで帰ってもらうこと。その人が家に帰れば家庭が幸せになるし、会社に行けば職場が明るくなる。そこから日本を変える一歩が始まる」

鈴木さんにとっては、これを実践することが事業の目的だった。

 

ただし、この思いを実現するためには、店のスタッフも鈴木さん同様に志を共有していなければならない。すなわち、採用と教育が重要なカギを握ることになるのである。
募集をかけ、面接に来た人に対して、鈴木さんは熱く理念を語りかけた。

 

「たしかに仕事には厳しい面もある。でも飲食店は本当に楽しくてやりがいのある仕事だ。一緒に世の中を元気にしよう。一緒に日本を変えていこう!」
この段階で、理念に共感できる人、できない人がある程度選別される。

 

鈴木さんは、面接に来る一人ひとりに、「○○様 このたびは当社の面接にお越しくださいまして誠にありがとうございます」と書いたメッセージカードを用意した。鈴木さんにとっては、お客様も従業員も等しく「自分にとって大切な人」だったからだ。
すると、「面接に来るだけでここまでしてもらったことはない」「こういうお店で働きたかった」など、思いやりの心に感動したり、理念に共感したりした人が入社を決めた。その結果、以降は口コミや紹介で人が入社するようになり、求人募集をすることはほとんどないという。人手不足が叫ばれる飲食店ではめずらしいケースかもしれない。鈴木さん自身、「はじめに理念ありき」の持つ力を実感している。

 

ただ、一時期だけ、理念先行ではない経営をしたことがある。別のフランチャイズの店舗を出店した時のことだ。
「今から振り返ると、“何のための事業か”という理念や使命感より、“儲けよう”という欲が先に立ったのだと思います。社員の中で独立してやりたい人が出てくればいいかなと考えたのですが、当社の社員は自分でやりたいというより、会社をよくしたいという意識が強いんですね。結局うまくいかず、傷の浅いうちに引き下がりました」(鈴木さん)

 

この時を除いて、鈴木さんは積極的に事業拡大して店舗を増やしていこうとは考えていなかった。毎日、従業員とともに店の最前線に立ってお客様を迎え、おもてなしをする。一つひとつのあいさつ、所作、気配り、オペレーションの手本を示し、背中で従業員を教育する。朝礼、終礼、ミーティングを通して志を確認し、モチベーションをアップする。それが自分のやるべきこと、理念にもとづいた経営だと考えていた。

 

ところが、あることをきっかけに、鈴木さんは全く別の理由で新規出店することを決断する。そのきっかけとは、東日本大震災だった。

 

はじめに理念ありき(後編) へつづく
 

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