人口が減少し、飲食業界も今後市場は縮小していくとみられている。競争は激化する一方、食材費の高騰、人件費の上昇や人手不足など多くの課題を抱えている。その中にあって、福島と山形で飲食業を展開する夢成は、人材確保に大きく苦労することなく、売上を順調に伸ばしているという。背景には、熱い志に裏打ちされた鈴木厚志社長(「松下幸之助経営塾」卒塾生)の人への思い、食への問題意識、そして故郷・福島への愛があった。
 

はじめに理念ありき(前編) からのつづき

経営セミナー松下幸之助経営塾

<実践! 幸之助哲学>
食と教育を通じて人々を幸せにする会社――後編

「思い」があるから事業が成り立つ

経験したことがない激しい揺れ。多くの人の命を奪った津波。加えて福島が過酷な運命を背負わされたのは、原発事故による放射能汚染である。一時は外に出て空気を吸うことさえ恐れなければならないという事態になった。逃げるのか、それともここに留まるのか——そんな究極の選択を、福島の人たちは迫られた。

 

鈴木さんは思った。
「どちらを選択するかは人それぞれで、どちらも正しい。その中で私・鈴木厚志はどうするのか。原発の最前線で働く人は命の危険にさらされても逃げられない。病院関係者も患者さんがいるかぎり逃げられない。命にかかわる人たちは全力を尽くしている。自分は飲食業だからといって、逃げてもいいのか——」

 

鈴木さんが出した結論は、「自分はここに留まる」だった。社員の人たちも同様だった。避難するといってもどこに行けばいいのかわからないし、そこで仕事が得られるのかどうかもわからない。思いを持って働いてきた場所、自分の存在をかけて仕事をしてきた店で、働き続けたいというのである。

 

鈴木さんは、「会社があるからみんなが集まっているんじゃない。みんなに『やりたい』という気持ちがあるから会社が成り立っているんだ」と気づいたという。
自分も当時の従業員も残ることを選んだが、一方で、「この人たちが安心して働く場所を提供することは、経営者としての責任だ」と考えた鈴木さんは、原発から比較的離れた山形市に新規出店することを決め、希望する従業員は山形でも働けるようにした。この時は、「事業を拡大したい」という動機はなかった。「社員が安心して働ける場をつくる」という必然性、大義だけがあったのである。

 

「儲けたいという邪な“私心”で出店した時はうまくいきませんでした。しかし、この時は違います。山形の店は“天地自然の流れ”に乗ったようにうまくいき、翌年には二店舗目を出店するほどになりました。松下幸之助さんのおっしゃるように、私心にとらわれない“素直な心”の大切さを痛感しました」(鈴木さん)

松下幸之助経営塾資料
 

企業の根幹は人の教育

鈴木さんの「思い」を集約しているのが、夢成の経営理念「思いやり溢れる全員経営〜食と教育を通じて人々を幸せに」だ。
どれほどの大金を積み上げても、そこに「思いやり」がなければ人の心を動かすことはできない。人が感動するのは金額の多寡ではなく、思いやりの深さである——その信念は、人事評価にも表れている。

 

夢成では、数字的な実績や、いわゆる「仕事ができる」という面だけでは評価していない。例えばマニュアル通りのサービスではなく、一人ひとりのお客様に合わせた“個客サービス”を行なっているか、私心にとらわれない“素直な心”で協力し、感謝し合い、よいことを実行しているかなど、「理念を大切にしているか」という点を重視する。

 

鈴木さんは言う。
「強い人間も弱い人間も共存しているのがこの世の中です。だから強い人間だけを集めるのではなく、強い人も弱い人も、思いを共有する人に来てもらって、みんながそれぞれのよさを活かすことが大切だと思うのです」

 

鈴木さんは以前、積極的な障がい者雇用で知られる日本理化学工業を見学したことがある。同社は社員の七割以上が知的障がい者で、これからの共生社会のモデルケースとして注目を集めている。鈴木さんは同社の経営方針に感銘を受け、夢成でも積極的に障がい者雇用を行なうべきだと思ったのだ。

 

ところが、それを人事担当者に言ったところ、「すでに雇用していますよ」という返事だった。鈴木さんは、みずから面接をして採用した従業員の中に障がい者がいたことに、全く気づいていなかった。そもそも健常者か障がい者かという尺度で人を見ていないのだ。

 

「私から見れば普通の子たちなんです。『うちはこういう会社だよ』と説明を受けて『ここで働きたい』と望む人の気持ちは、健常者も障がい者も同じです。当社の思いにちゃんと共感してくれたので喜んで採用しました。すると申し分なく働いてくれます。読み書き算盤には苦手な部分があるかもしれないけれど、接客サービスという面では非常にこまやかです」

 

鈴木さんは、障がいの有無にかかわらず、様様なタイプの人を受け入れ育成していくことが、夢成の責任であり事業の一つだと考えている。

 

二十一歳で飲食業の世界に飛び込んで以来、多様な境遇、多彩なタイプの人たちと接してきた。どんな人であろうとも、毎日直接顔を突き合わせて一緒に仕事に取り組めば、必ず思いを共有できると確信している。

 

ただ、複数の店舗を持つようになると、それは簡単ではない。鈴木さんは今、自分が前面に立って教育するという段階を超え、もう一段ステップを上がったところでどう人を育成していくのかという課題と向き合っている。
そして、その答えの一つが、新しい店舗にあった。

 

社内研修

社内の研修は毎月行なわれる

 

大感謝祭

社内イベント「夢成大感謝祭」で全員で理念を唱和

松下幸之助経営塾資料
 

福島から「おいしさ」と「まごころ」を発信

福島、山形の「しゃぶしゃぶ温野菜」三店舗のほかに、夢成にはもう一つ、鈴木さんがみずからの志から始めた店舗がある。それが、農家イタリアン「Arigato(ありがとう)」だ。

 

福島にはおいしい農作物をつくる農家がたくさんある。しかし、震災の影響で納品先が激減し、経営が厳しくなっていた。故郷への思いが強い鈴木さんは、福島のために何かできないかと模索した。その中で思い至ったのが、やる気のある若手農家と契約して新鮮な野菜を直接仕入れることだった。

 

「Arigato」は、わが家のようにくつろげるアットホームな雰囲気の中、素材の味を活かした健康的な料理を提供している。一つの食材、一皿の料理に農家のストーリーがある。それを食事とともに味わってもらうというコンセプトだ。お客様だけでなく、農家にも喜んでもらいたい。そしてお客様からの「ありがとう」を農家に伝え、農家に元気になってもらいたい、という願いが込められている。

 

このコンセプトは、これまで以上に従業員の心に灯をともしているという。「日本を変えよう」というのは壮大な志だが、身近には感じにくい。一方、「福島の農家さんのために」であれば、目の前に具体的な姿を見ることができる。

 

「理念さえしっかり浸透していれば、あとはもうみんなが自然にやってくれます。農家さんの作物への思いがわかれば、もはや教育もいりません。もちろん、店のコンセプトを磨き、戦略も練り上げてきました。しかし、それらが占める割合は二〇〜三〇パーセントくらいでしょう。理念が確立すれば半分は成功したようなもので、それが浸透したらおのずとよい社風ができあがることも実感しています。本当に、『まず経営理念を確立すること』という松下幸之助さんのおっしゃる通りだと思いました」と鈴木さんは力を込めた。

 

理念なき経済性の追求は何をもたらすのか。志なき生産性の向上によって、人はどうなるのか。今、世の中全体が問われている。
なかでも「食」は、私たちの命と健康に直接かかわる大問題だ。生活習慣病やアレルギーの増加。家族の絆が失われ、個食化・孤食化する社会。私たちは今、命の源である「食」を、経済性と効率だけを尺度に扱ってきたことのツケを支払わされている。その課題に、夢成株式会社は挑もうとしている。

 

食を通して「思い」を伝える。目の前の一皿、目の前のお客様に心から向き合うことで人を元気にし、世の中に幸せの一石を投じていく。そんな思いやりあふれる会社、みんなが幸せを感じられる社会をつくりたいと願っている。だからこそ、その願いや志、理念を、社員教育を通して皆で共有している。

 

夢成が目指すのは、売上世界一の会社ではなく、世界一幸せな会社、かかわる人を世界一幸せにする会社である。そして、子や孫の世代まで一緒に働きたいと思うような会社である。それが夢成の百年ビジョンだ。
鈴木厚志社長は、その名が示す通り“厚い志”の持ち主である。五十年後、百年後の夢も、社名の通りきっと「成る」に違いない。

(おわり)

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