「松下幸之助経営塾」は、松下幸之助の経営哲学を学ぶための、経営者・後継経営者を対象にした公開セミナー。今回は、平田雅彦氏(ユニ・チャーム監査役/H.I.S.取締役)の特別講話の要旨をご紹介します。
◆日本の商人道の原点に学ぶ(2)からの続き
松下幸之助経営塾 講義再録
日本発の共存共栄が世界のスタンダードに
石田梅岩の商人道と幸之助の商人道
さて、この改革のいちばんのポイントである「共存共栄」、熱海会談で出席者全員に配った色紙に書かれていたこの理念は、どこから出てきたのでしょうか。
松下幸之助は小学四年生から大阪の船場せん ばに丁稚奉公に出て、そこで商人道を学び、その後の人生に大きな影響を受けたと言っています。当時の船場に、日本の商人道がきっと残っていたのでしょう。
日本の商人道の理念を表す言葉としては、有名な近江商人の「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」があります。これと並んで日本の商人道をよく著したものに、石田梅岩(一六八五~一七四四)の『都鄙問答』があります。その一節(「商人の道を問うの段」)をご紹介したいと思います。
梅岩は「石門心学」を広めた江戸中期の思想家で、もともとは商家の丁稚奉公から転じた人なんですね。また梅岩の生きた時代は江戸開幕から百年を過ぎたころで、世の中も落ち着き、急速に経済が発展し始めた時代でした。交通網(街道、廻船等)が整備され、貨幣と商品の流通が発達し、商人が台頭してきた時代でしたが、世の中は封建制度、商人は「何も生産せず、悪知恵で利益をあげる賤しい存在」と蔑すまれていたのです。
ですから商人たちは悩んでいました。「どういう商売をしたら認めてもらえるのか、商人の正しいあり方とは何か」と。
そんな商人たちに梅岩は答えます。
「そもそも商人は、余ったものを足りないところへ持っていき、互いに通用させたのがその始まりである。それが商人の役割だ。また商人は、きちっと勘定(計算)をして一銭たりとも軽く考えてはいけない。それを積み重ねて富を成すのが商人である」
「その富をもたらしてくれるご主人さまは天下の人々。天下の人々も自分たちと同じで、一銭を惜しむ心を持っている。だから相手の気持ちになって、相手がお金を出すことを惜しまないような、相手に喜んでもらえる《念を入れた商品》を売ることが大事である。次に、よいサービスを心がけること。《粗相のないサービス》で商品を売り渡せば、相手は気持よくお金を出す。惜しむ心もなくなる。そして《倹約》。徹底的に節約して仕入れ価格を下げ、利幅も少なくして、相手がお金を出しやすいような価格で売ること。そうすれば、天下の人々は喜んで買ってくれるだろう」
さらに、「こうして天下の財宝が世間に通用していったら、それは万民の心を安むることになる」と続けます。この万民の心を安むるということは、買った人が満足するだけでなく仕入先も喜ぶ、自分たちを取り巻くすべての人、いわゆるステークホルダーすべての心が安らぐことになる、という意味で、そのことは「自然が四季折々変化し、万物の生命を養っていることと同じである」と説明します。つまり、こういう思いで行う商売は自然の摂理に合致したことなのだから、何も賤しいことではないと梅岩は言うわけですね。
そして「こうして商人が大きな富を得たとしても、それは決して欲から出たものではないのだから、なんら恥ずべきことではない」と自信を持たせる。
また、「一銭を大事にして商売をすれば、それは天下の倹約であり、天命に適っている。幸いが天から与えられる。それは天下泰平を祈ることに通じる」と言う。天下泰平は世界平和です。梅岩はこの時代に世界平和まで祈願しているわけですよ。
さらに梅岩は、現在にも通じる大切なことを指摘しています。梅岩の言う「念を入れた商品」とは、性能・品質のすぐれた商品。「粗相のないサービス」とは、心のこもったサービス。そして「倹約」とは、コストを下げて買い求めやすい価格にするということ。すなわち商品、サービス、価格が大事と教えているわけで、まさに、今の時代にも十分通用する考え方です。実は、私が松下電器に入社して松下幸之助に教えられたことが、このことでした。「どこよりも品質性能のすぐれた商品、どこよりもきめ細かいサービス、どこよりも納得いただける価格。そうすれば、お客さまは満足して買ってくださる。そしてそれが利益となる」
松下幸之助が言っていたことを、梅岩は四百年も前に言っていたんですね。梅岩は、当時の悩める商人たちを大いに元気づけました。そしてこの梅岩の思想が、江戸時代の商人たちに伝わっていったんです。
この思想の根本にあるのが「共存共栄」です。共存共栄の心がなければ梅岩の商人道は成り立ちません。日本の商人道の基礎は、ここにあるのです。
世界が共鳴した共生の思想
昨今、グローバリズムという考えがスタンダードになっていますが、私はその中に、「お金中心主義そして自己の欲望中心主義」が顔を出してきたのが非常に気になります。
グローバリズムは冷戦終結後に登場してきました。それまでは世界の一方に共産主義が存在していましたから、それを反面教師として資本主義にも一定程度の自制心が働く仕組みがありました。そのタガが外れ、資本主義がグローバリズムとしてわがもの顔にふるまい出した、自己中心主義が歯をむき出してきたように思います。
企業の不祥事が相次ぐのはそのためで、その不祥事で世界不況が発生する事態にまでなっています。行き過ぎは是正されなければなりません。そこで出てきたのがCSR(Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)運動です。
経済人コー円卓会議(英名=Caux Round Table)という、世界の経済人が毎年集まって、企業の社会活動や企業倫理などについて話し合う会議があります。一九九四年のこの会議で、日欧米の民間経営者が「企業の行動指針」を策定しました。当時起こり始めていたCSR運動に先駆けて企業の規範・行動指針をまとめたものですが、このとき日本が強く訴えた「共生」の思想が盛り込まれたのです。
共生とは、つまり「共存共栄」のことです。この共生の考え方に、各国の経営者が共鳴したわけです。CSR運動は欧米から起こってきましたが、しかしその中心に、日本発の共生の思想があるんです。まさに共生は、二十一世紀のテーマなんですね。
世界では宗教や民族紛争がまだまだ発生しています。こんなことを続けていたら、人類はほんとうに滅亡してしまいますよ。日本人が昔から大事にしてきた共生の思想、松下幸之助が大事にしてきた共存共栄の思想が、必ずや、これからの新しい時代の思想の骨格となっていくと思います。
(おわり)
◆『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』2014年3・4月号より