松下幸之助経営塾」は、松下幸之助の経営哲学を学ぶための、経営者・後継経営者を対象にした公開セミナー。今回は、平田雅彦氏(ユニ・チャーム監査役/H.I.S.取締役)の特別講話の要旨をご紹介します。

 

日本の商人道の原点に学ぶ(1)からの続き

 

松下幸之助経営塾 講義再録
日本発の共存共栄が世界のスタンダードに

商売の基本に戻る改革案

 
改革案はわずか七カ月でまとまり、新販売制度がスタートを切ったのは、翌一九六五年二月二十一日でした。改革案の骨子は次の三つでした。
 
(1)本社事業部と販売会社の直取引
(2)現金決済制度への変更
(3)一地区一販売会社制度の確立
 
(1)については、営業所本来の機能に徹することが原点となっています。営業所は販売会社に商品を売って代金を回収していますが、実際の商品セールスは販売会社が行なっています。それなら、商品は営業所を通さず販売会社と本社が直取引すればよい、営業所は本来の販売支援と回収業務に徹すればよく、そうなれば商品の押し込みもなくなるはずだ、というわけです。
 
(2)についても同様に、商売の基本に戻ることが原点となった改革です。そもそも販売会社の経営悪化の原因を考えてみますと、まず回収が遅い、次いで在庫が多すぎる、だから不良債権が発生する、そして赤字となる、といったパターンがほとんどです。そこで長期の手形を出すのですが、これが問題で、悪化に気づいたときはすでに遅し、百五十日、二百日が経たっている、ということになるわけです。そこで現金決済という方法が提案されました。
 
直取引や現金決済が打ち出された理由はほかにもありますが、要は、商売の本道とは何か、販売店の商売のあり方の基本は何か、こういった点をどんどん詰めていった結果が、この改革案になったのです。
 
もちろん、システムを変えるのは簡単ではありません。しかし会長は、決してその過程で押し付けませんでした。ただひたすら、改革の意義を言い続けたんです。
「今回の改革は松下電器の運命を決めるだけでなく、販売店の運命も決める。今、電機業界は悪習慣に陥っている。松下電器が率先して改革することで、業界を正すことにもなる」
 
そののちに話すことは、商売の原理原則だけ。そして、「この改革はきみたちがやらないでだれがやる。どうすればいいか、知恵を出せ」と締める。こうして社員たちが意見を出し合い、具体的な改革プランが形づくられていったのです。
 
改革案(3)が最後まで難航しました。販売店はそれまでの商習慣からさまざまな販売会社と商品取引をしています。これを一つの販売会社に整理統合しようという改革ですが、長年続いたしがらみは簡単には解消できません。もっとも強く反対していたのが大阪でした。幸之助会長はみずから、その大阪地区の販売店の説得を試みます。
 
「皆さんがそれぞれ複数の販売会社と取引しているから、価格競争に巻き込まれて利益が上がらないんです。この一地区一販売会社制度は、必ず販売店を儲けさせる」。強硬な反対派を前に、七十歳の会長が何時間も立ちっ放しで説明するわけです。やがて出席者の中から、「分かった。そこまで言うならやってみましょう」と、徐々に賛成する意見が出てきました。拍手も起こってきました。
 
聞いていた私たちは、「よかったなあ」と一安心するんですが、会長は、「待ってください。今の拍手は三割ぐらいの方だけですね。この改革は皆さん全員がその気にならないと成功しません。全員が納得するまで説明をさせていただきます」と言う。そしてまた、声を涸らして説明を始める。
 
それから小一時間。最後は満場の拍手で説明会は終わるわけですが、あの松下幸之助という経営者の信念の強さには、ほんとうに驚かされました。大阪が納得したことで、反対派が多かった他の地区も賛成、松下電器の改革は成功に向かうことになるのです。
 

創業者最後の営業改革から学ぶこと

この松下幸之助の、いわば「最後の営業改革」から何を学ぶか。
 
一つ目が「共存共栄」の精神。幸之助会長の考えの基本は、松下電器が利益を出す前に、まずお店が儲かることがいちばん、これが土台にあります。
商品を押し込まなければ売れない、金を渡せば値引きする、というのは、相手を信用していないということです。パートナーを信用していない――パートナーも自分を信用しませんね。双方のあいだに「不信」があるんです。
 
相手を信用せずに自分のことばかり考えて行動していては、とても相手の力を引き出すことなどできません。相手とベクトルが合ったときに、自分の会社も力が出るんです。
この改革のいちばんのポイントは、この不信をなくすことでした。
 
二番目は「原点回帰」。営業所の運営費カット、現金決済、と言い出すと、「できない」という答えがまず返ってきます。そうではなく、「なぜできない?」「営業所の仕事とは?」「商売の基本は?」と、あらためて問題を突き詰め、その原点を考えると、そこにあった壁がすっと薄れていく。展望が開けます。
 
原点に返る――このことを教えられました。
 
三番目。「流れを読む」。この改革のきっかけとなった一九六四年の不況ですが、営業本部はこれまでと同じパターンの不況と考えた。ところが、今回は違っていた。流れが見えていなかった。ですからこれまでのやり方では無理だったんですね。
 
変化の激しい時代で先が読めないと言われますが、見えているものはありますし、流れは確かに存在します。流れが違えば取り組み方も変わってくる。流れを見て時代を読みとる松下幸之助の感性、この鋭さに学びたいと思います。
 
最後が、「納得の詰め」。幸之助会長は、どんな人でも何かすばらしい特長を持っている、だからその人たちの心を動かせば、必ずそれぞれの立場で光り輝いてくれる、しっかりと役割を果たしてくれる――いわば「人間尊重」の信念が非常に強い人でした。ですから何事も、心から納得してもらわないといけない、そうしないと自分も納得しない、物事もうまく進まない、と考えるんですね。
 
大阪の一地区一販売会社制度の説明会で、あれだけ反対していた人たちのうち三割ぐらいの賛成を得るまでにこぎ着けた。まずは「よかった」と思うところですが、会長は納得しない。「全員が納得するまでやる」と言う。
人間尊重は、「人間を信頼する」ことが前提です。幸之助創業者の経営には、人間はとことん話せば通じるという人間信頼の信念がありました。
 
創業者最後の営業改革をそばで見ていまして、私なりに感じたことをお話しさせていただきました。
 
◆『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』2014年3・4月号より
 
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