松下幸之助経営塾」は、松下幸之助の経営哲学を学ぶための、経営者・後継経営者を対象にした公開セミナー。松下幸之助の直弟子や、すぐれた経営理念によっていま活躍中の経営者ら、一流の講師陣による講話も魅力のひとつです。今回は、大竹美喜氏(アフラック〈アメリカンファミリー生命保険会社〉創業者・最高顧問)の特別講話の要旨をご紹介します。

 

幸之助イズムから学んだ「経営とは人づくり」(2)からの続き

 

松下幸之助経営塾 講義再録 人間教育が社会を変える

経営者に贈る四つの言葉

私は皆さんに「四つのこと」を申し上げたいと思います。これは私の経営哲学でもありますが、一つ目は、「一つでいいから得意なもの、卓越したものを持つ」ということ。
 
二つ目は、「噂に惑わされず、事実のみを信じる」ということです。洪水のような情報に流されないよう、その情報を信じていいかどうかの判断基準をしっかり磨くということです。そして多くの人脈や情報源を持って、真実を確認することです。
私は「現場知」という言葉を皆さんにプレゼントしたいと思います。社長が豪華な部屋でテレビを見たり、たばこを吸ったりしているようではいけません。足しげく現場に通い、クレームや苦情を含め、現場から出てくる情報に素直に耳を傾け、現場から教わるという謙虚な心が大切です。
 
三つ目は、「失敗から学ぶ」ということです。成功から学ぶことはほとんどありません。私は以前、失敗事例集をつくり、新入社員の教科書に使ったことがあります。社員は、失敗したことをその日のうちに報告しないものです。ですから一カ月後、あるいは一年後に全社員から失敗談を吸い上げ、一冊の冊子にまとめました。
 
四つ目は、「人を選ぶ」です。人をどう選ぶか。これが松下幸之助さんの経営哲学の本随だろうと思います。責任感と倫理観が重要です。
 
私が皆さんにお伝えしたいのは、「当たり前のことを、当たり前にできる人間になってください」ということです。言葉では簡単ですが、実際にやるのはたいへんです。でも、やった人こそが生き残るのです。かつて内閣総理大臣を務めた小渕恵三さんが私に書いてくださった「宿命に生まれ、運命に挑み、使命に燃える」という言葉はすばらしい言葉です。皆さんに考えていただきたいと思います。
 
経営は、机上の空論ではありません。地上の正論です。まず社長がやってみせて、社員が全員参加するようでなければ企業は成り立ちません。上からの指示は一~二割でいい。あとの八~九割は社員が考えて行動する自律分散型の体制が必要です。
 
リーダーの役割は、将来のビジョンを構築して理念を明確化することです。それを社員にしっかり実現してもらう。そんな中から次のリーダーが出て、企業の成長につながっていきます。
 
社員が昨年と同じことをやっているようでは、成長は望めません。さらに一人でも社員がやる気を失って創造力が落ちると、企業の成長は行き詰まります。松下幸之助さんも「人間は自由な意思、自主的な責任において仕事をするとき、力を発揮できるのだ」とおっしゃっています。
 
アフラックが二十五周年を迎えるとき、私は千人の社員全員に「どんな会社にしたいか」を書いてもらいました。社員が全員参加で会社の将来を考えることが非常に重要だからです。
 
さて、そこで大切になってくるのが社員とのコミュニケーションです。コミュニケーションには四つの要素があります。一つ目はインフォメーション、正確なデータをもとにした情報です。二つ目は双方向。三つ目はコラボレーション。そして四つ目はファシリテーション。ファシリテーションとは、その気にさせ、行動を起こすところまで追い込むということです。この四要素の一つでも欠けたら、コミュニケーションは成立しません。
 

たった一人からすべてが始まる

冒頭で触れた、長城郡の金興植さんについて、あらためてお話しします。
 
長城郡は、ソウルから南南西に約三時間半、高速道路を走ったところにある、人口五万人の郡(日本の市町村に相当)です。そこで金さんは、郡を会社に見立て、首長は会社の最高経営責任者だという発想で行政改革を始めました。
 
行政を改革するためにはまず、公務員の意識を改革しなくてはいけない、それには教育しかないということで、莫大なお金をかけ、最高の講師を呼び、週一回の勉強会を開きました。一九九五年よりそれを一度も欠かさず続けた結果、企業誘致は韓国ナンバーワン、雇用も短期間で韓国一になり、郡は国から表彰されるようになりました。
 
金さんの信条は、「教育によって、考えが変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば運命が変わる」です。つまり地域を変えられるのは人である、人を変えられるのは教育である。これは松下幸之助さんの人づくりの精神であり、思想です。それを金興植さんは長城郡でおやりになった。たった一人の人間が、韓国一の町づくりをしたのです。
 
松下さんも偉業を成し遂げられた方ですが、物事はたった一人から始まるのです。まず個人が夢を持ち、その夢の実現に向けて活動する。これをリード・ザ・セルフと言います。それをそばで見ている人間が共鳴共感してくれるのがリード・ザ・ピープル。そして最後は社会が認めてくれるリード・ザ・ソサエティ。アフラックは現在、一日約十八億円もの給付金を約六千人に給付させていただいています。私は創業時より「民間厚生労働省」となることを目標として揚げてきました。今、国民の皆さんにそう認めてもらうことが、まさにリード・ザ・ソサエティです。
 
まず一人から始まる。そのうち「この人を手伝いたい」という共鳴者が現れる。そして国民が認めてくれる。この三つのステップをたどるのです。皆さんが今、どの段階にあるのか分かりませんが、自信を持って仕事に専念していただきたいと思います。経営者は孤独です。夜も安眠できないほど苦しむこともあるかと思いますが、朝は必ず来ます。ですから、希望を絶対に捨てないでほしい。会社倒産という最悪の状態になっても、嘆かないでほしい。再起は可能です。
 
人生、何ごとも一回で終わるわけではありません。何度でもやり直せます。これから皆さんは、同世代の韓国、中国といった国々の人と競争しなければなりません。彼らは軟弱ではありません。命がけで向かってきます。
 
かつての日本では、村じゅうで人を育てていました。でも今はそうではない。家族は崩壊し、助け合いや支え合いもなくなってしまった。だけどわれわれは、それを復活させなくてはならないのです。
 
福井県、富山県、秋田県の教育三県では、いまだに三世代、四世代が同居しています。お嫁さんに赤ちゃんができたら、おばあちゃんが子守りをしてくれるからすぐに働きに出られる。一つの家庭に財布が三つも四つもあります。そんな日本の原型が、この国にはまだ残っています。私たちは、再びそれを取り戻す必要があります。そうすれば、中国や韓国から尊敬される、アジアになくてはならない存在感が、日本に蘇えってくるのではないでしょうか。
 
本日は人づくりの話を中心にさせていただきました。経営にとって人づくりは基本中の基本です。ご苦労もあるでしょうが、強い信念を持って取り組んでいただきたいと思います。ご静聴ありがとうございました。
(おわり)
 
◆『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』2013年11・12月号より
 
経営セミナー 松下幸之助経営塾