松下幸之助経営塾」は、松下幸之助の経営哲学を学ぶための、経営者・後継経営者を対象にした公開セミナー。松下幸之助の直弟子や、すぐれた経営理念によっていま活躍中の経営者ら、一流の講師陣による講話も魅力のひとつです。今回は、大竹美喜氏(アフラック〈アメリカンファミリー生命保険会社〉創業者・最高顧問)の特別講話の要旨をご紹介します。

 

幸之助イズムから学んだ「経営とは人づくり」(1)からの続き

 

松下幸之助経営塾 講義再録 人間教育が社会を変える

変化の中でぶれないもの

一九九八年に小渕恵三内閣が誕生したとき、アサヒビールの元社長でニュービジネス協議会の会長も歴任されたことのある樋口廣太郎さんが「樋口レポート」を出されました。樋口さんはレポートを通して、この国を百八十度方向転換しようと訴えたのです。

 
レポートは三つの柱からなっていました。一つは機会均等、だれにでもチャンスがある社会をつくることです。二つ目は、努力した人が報われる社会。そして三つ目はリスクへの挑戦という内容を盛り込みました。ところが、レポートは小渕総理の目に触れることなくお蔵入りとなりました。もしあのレポートで示された提言が実現できていたら、この国はまったく違う国になっていたはずです。
 
この間、日本は劣化の一途をたどりました。国が企業を甘やかすだけ甘やかしてしまったのです。国におんぶに抱っこ、困ったら財政出動をお願いするというように。日本の大手家電メーカーが束になってもサムスン一社に勝てないのは、過度に国が面倒をみすぎたせいで、競争力が失われたからです。
 
私は以前から「トヨタだってつぶれるかもしれない」という講演をしてきました。危機感をあおるためにそう話したのです。金融機関もつぶれるという講演も、三十代のエリート銀行員を前にしたことがあります。結局、この国は先が見えている。にもかかわらず、この国の指導者はリーダーシップを発揮していないのです。
 
世の中は常に変化します。二千七百年の日本の歴史の中で、変化がなかった時代は一時もありません。常に変化の中で日本人は生きてきたのです。今もそうです。常に流動し、生成発展のプロセスをたどっています。
 
その中で努力することに人間の存在意義がある。自然の理法に逆らわずに経営を行えば成功する。そのことを教えてくださったのが、松下幸之助さんではないかと思います。それは企業経営の範疇にとどまらず、もっと根源的で、哲学的な広がりを持っています。
 
会社が発展するために基本のよりどころとして設けるものに、社是や社訓といった経営理念があります。松下さんはそうした経営理念を、何が正しいのかをよく考えた上で、みずから確立することが大切だとおっしゃっています。
 
ですから、社是や社訓はものすごく重要なのです。そんなもの古いと思っていたら大間違いで、IBMなどのアメリカの超優良企業には、すべて社是や社訓があります。入社式をやらない会社も多くなっているようですが、儀式を粗末にするような会社はよい会社とは言えません。
 
当社が最も大事にしている言葉は、「人々を大切にすれば、ビジネスはあとからついてくる」という言葉です。人々とは、アフラックを支持してくださるお客様、社員、代理店や株主、地域のことです。どんな時代になっても、当社にとっては、これだけはぶれてはならない企業哲学、企業文化です。

 

選ばれるために価値を創造する

どれほど厳しい競争時代でも、生活者は商品や企業を必要としています。さきほど日本のマーケットは萎縮していくと申しあげましたが、仮にマーケットの規模が半分になっても、そのマーケットに迎え入れられるような経営をしなくてはならないのです。五十年後はどんな時代なのか、それを予測し、時代に合った商品を開発し、提供する。「五十年先のことなど分からない」とお思いでしょうが、五十年なんてあっというまです。
 
選ばれる企業であり続けるために必要なこと、それは「価値の創造」です。お客様が期待している以上のものを提供するということです。
 
これから一人暮らしのご老人が増え続けていくことでしょう。民生委員の方がそうしたご老人たちの見回りをしてくださっていますが、とても数が足りません。私は四年間ほど東京都社会福祉協議会の会長をさせていただいていたので、その深刻さを実感しています。
 
都市におけるご老人の孤独。これを救ってあげたいと思っています。たとえば、看護師資格を持つ人が三交代で話し相手になる、万が一のことがあればヘルプに行くなど、いくらでも新しいサービスや価値は生み出せるのです。そうしたことができるのも一つの企業哲学、企業文化です。
 
私は相対的評価が嫌いです。よく「企業ランキング」といったものが発表されますが、より重要なのは「絶対的評価」。唯一、自分たちにしかないものは何なのかということです。だから、アフラックのライバルはアフラックなのです。

 

頭脳より人格の時代

私はある企業の社外取締役をやらせていただいておりますが、初めての取締役会で、「この会社には経営という体質がない」と述べました。なぜなら公表数字と実数がまるで違っていましたので、ここから正してくださいと言いました。就任してからずっと言い続け、ようやく最近、経営改革に動き出してくれたので、うれしくなって、私もお手伝いさせていただいています。
 
松下幸之助さんはくり返し語っておられました。明確な経営方針を提示することは、企業が追求しようとするあるべき姿を世の中に示すことだ、そしてそれは、だれが聞いても納得するような重みを持つべきであり、同時に、大自然を司る法則性に則のっとっていなければならない、と。リーダーというのは、真実を語る勇気が必要なのです。しかも、お客様が納得するような、平易な言葉で語ることが大切です。
 
松下さんは、経営者として自分で考え抜き、素朴な言葉で悟りというものをお持ちになり、それを方針として決定したのではないかと思います。これまで日本は物真似でやってきましたから、すべての面において肝心の「精神」が宿っていない。そのことを、松下さんは日本国民に伝えたかったのではないか。そんな気がしてなりません。
 
また松下さんは、経営の真髄しん ずいとは、人知を超えた摂理に従いつつ、その中で企業みずからの存在意義や社会的価値といった本質を見極め、到達すべき正しい目標を明らかにすることだとおっしゃっています。まったく同じ気持ちです。
 
経営には哲学が必要です。哲学というと堅苦しく聞こえるかもしれませんが、ここにおられる皆さんが毎日哲学しています。恋愛も哲学、悩むことも哲学です。経営者は孤独です。だから哲学するしかありません。理念、思想、哲学、宗教、それらは一体のものです。
 
皆さん、何でもいいから宗教をお持ちになったらと思います。マザー・テレサは亡くなる前、「一つでいいから宗教を持ちなさい」とおっしゃいました。経営は宗教に結びつくところがたくさんあります。理念、思想、哲学、宗教、それらを持つと、社員の理解を得られるようになると思います。社員と共有できる何かを、ぜひつくっていただきたいと思います。
 
たとえば、アフラックには十数万人のセールスマンがいて、代理店が二万店ほどありますが、私たちにはそういう方たちとの共通言語があります。それが「愛の伝道師」。このワンフレーズだけで、すべてを表しています。
 
経済学だけを学んでも、立派な経営者にはなれません。心理学を学ばなくてはなりません。哲学、宗教を学ばなくてはなりません。東大生やIQ(知能指数)の高い優等生を企業のトップに据える傾向が続いていますが、これからの時代に必要なのは、頭脳より人格です。ものをつくりだす能力や人間力に欠けていては、社員を統率することも、お客様にメッセージを発することもできません。
 
今、頭脳だけで人格がない、心が冷蔵庫のような経営者が多い気がします。心から社員を愛し、お客様のために命がけでやる。そんな経営者が求められています。
 
◆『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』2013年11・12月号より
 
経営セミナー 松下幸之助経営塾