数々の困難を乗り越えて発展させてきた会社をだれにどう引き継ぐのか――。松下幸之助経営塾塾生の「事業継承(承継)」事例~日辰~をご紹介します。

 

◆「蕎麦店への卸を超え店舗経営サポートも(2)」からのつづき

 

「商いは生きもの」の精神で顧客ニーズの一歩先を行く

「蕎麦ソリューション企業」へ

日辰は卸の会社だが、単に商品を右から左へ流してきただけではない。創業者の清辰さんは「商いは生きものである」と考えていた。いいときもあれば悪いときもある。つねに五感を研ぎ澄ませ、変化に対応していかないと生き残れないという思いが強かった。だから、お客様のもとへ頻繁に足を運び、関係を密にし、現場の最前線で何が求められているのかをつかむように努めてきた。
 
それは扱う商品への姿勢にも表れている。お客様が求める食材を取りそろえることはもちろん、PB(プライベートブランド)商品の開発や加工食品の製造・販売にも乗り出し、お客様の一歩先のニーズに応えてきた。たとえば醤しょう油ゆ一つを取ってみても、味の濃さからグレードの違いまで、いくつもの種類がある。店によってつくる料理や出したい味が異なるから、それに合わせた商品をともに考えてきたのである。調味料や食材だけではなく、新商品・新メニューも提案している。世に広まった「スタミナうどん」「発芽韃靼(だったん)そば茶」「鴨南蛮(かもなんばん)」などは日辰が発信元である。
 
清幹さんがめざすのは、そこからさらに先を見据えた「蕎麦ソリューションカンパニー」だ。長年の蕎麦店との取引で蓄積された豊富な知識と経験に基づき、味の出し方からメニューの打ち出し方まで、蕎麦・うどん店にかぎらず居酒屋・和食店などさまざまな業態の外食産業からの要望に応えられるようにしている。つまり、店舗経営のサポートまでできる企業である。
 
ひと口に蕎麦店といっても、地域や店の規模によって課題はまったく異なる。食の世界も多様化しており、いくら立地に恵まれていても店を出すだけで儲かった時代は過ぎた。競合は他の外食産業にかぎらず、スーパーやコンビニ、惣菜店といった「中食」産業もある。どのような店づくりにするのか、どんなメニューが売れるのか、一店一店違いもすれば、季節や天気によっても左右される。人手不足に悩む店舗もあれば、後継者問題に頭を抱える個人店もある。こういった個々のお店の課題に対し、日辰が積み上げてきた商品開発力に、七〇〇〇店以上の蕎麦店との濃密なつきあいのなかから得たデータや情報を加えて、ソリューションを提供していこうというのである。
 
日辰は資本力や組織力を使って版図を広げてきたのではない。一店一店に足を運び、関係性を結ぶことでここまで発展してきた。末端のお客様をつかんでいることが強みである。
 
その強みをさらに生かすために、三年前、蕎麦店の厨ちゅう房ぼうをといった「中食」産業もある。どのような店づくりにするのか、どんなメニューが売れるのか、一店一店違いもすれば、季節や天気によっても左右される。人手不足に悩む店舗もあれば、後継者問題に頭を抱える個人店もある。こういった個々のお店の課題に対し、日辰が積み上げてきた商品開発力に、七〇〇〇店以上の蕎麦店との濃密なつきあいのなかから得たデータや情報を加えて、ソリューションを提供していこうというのである。
 
日辰は資本力や組織力を使って版図を広げてきたのではない。一店一店に足を運び、関係性を結ぶことでここまで発展してきた。末端のお客様をつかんでいることが強みである。
 
その強みをさらに生かすために、三年前、蕎麦店の厨房を備えた「研修センター」を本社近くに開設した。ここには、蕎麦店で使用する茹ゆで釜、手打ち台、製麺機などがあり、実際に蕎麦を打ったり、料理をつくったりして、社員の研修に役立てるとともに、取引先を招いて食材、メニューのプレゼンテーションや意見交換を行う場として活用されている。大手の食品会社ならともかく、中小の卸会社でこれだけの本格的な厨房を持っているケースはめずらしいのではないだろうか。つねに現場とともにある姿勢、お客様の課題をわがものとするスタンスが窺える。
 
「お店の味は基本的にはそう変わらないものですが、いくら『変わらない味』が売りの店でも、同じことをしていてはその味は出せません。世の中はどんどん変化していくので、どんどんおいしくしていく提案をする必要があるんです。蕎麦店の繁盛は私たちの働きにかかっている、という気持ちで仕事に取り組んでいます」(清幹さん)
 
成熟した社会のなかでは、何かに特化したオンリーワンの企業が強さを発揮する。日辰が、これまでの伝統の蓄積をベースにした新たな食文化の創造という独自性(オリジナリティー)を発揮し始めているのを感じた。
 (おわり)
 
◆『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』2014年7・8月号より
 
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