【理念継承 わが社の場合】数々の困難を乗り越えて発展させてきた会社をだれにどう引き継ぐのか。松下幸之助経営塾塾生の「事業継承(承継)」事例~新宮運送をご紹介します。

 

2代目であっても創業者のつもりで(2)からの続き

 

理念継承 わが社の場合

経営者は代々初代。2代目意識に甘えず

一志社長は新宮運送の二代目経営者であるものの、本人にはことさら“二代目”という意識はない。「経営者は代々初代」がポリシーだ。実際、まだ三十歳のころ、岩男会長の援助を借りずに株式会社兵庫物流を設立し、並行して新宮運送の勤務もこなしながら創業社長の経験を積んだのである。
 
兵庫物流の経営は当初、順調だった。「仕事がたくさんあって、『楽勝や!』という感覚でしたね」と一志社長。ところが、仕事はたくさん入ってきても、従業員のほうが次第についてこなくなる。
 
「二十四時間の交代勤務で配送先の製品を加工する仕事を請け負っていたときのことです。新宮運送に勤務後の夜七時半ころ、得意先と『飲みにいこうか』と話していたら、八時から夜勤に入る予定の従業員から電話がかかってきて、『出勤できなくなった』と言う。代わりの者がいないので、あわてて帰宅し、風呂に入り、夜勤に出ました。翌朝、夜勤が終わると、新宮運送に出社。寝るまもない。夕方帰宅して、『今晩こそ寝るぞ』と思っていると、また七時半ころに別の従業員から『体調が悪いから休む』と電話が入る。『経営はほんとうにむずかしい』と思いました」
 
こうして悩んでいると、「掃除をしたら会社がよくなる」という話を耳にした。イエローハットの創業者で、現在は「日本を美しくする会」相談役の鍵山秀三郎氏の教えとの出合いだ。「掃除やったら、私にもできる」と思い、会社とその周辺の清掃を始めた。すると、自分の経営のおかしな点に気づくようになる。
 
「利益を出さんことには事業を継続できないので、とにかく利益をあげるのが会社の仕事だと思っていました。社員ががんばって利益を増やせば、特別賞与も出す。それが社長として立派なことやと。だから社員に対して、『仕事をとってきたんやから、やれ!』という姿勢になっていた。まったくのカン違いです」
 
一志社長はこうして悩みを克服していくことで、新宮運送の社長になる前にすでに、創業経営者としてひと皮むけていた。本人いわく、「創業の苦しみを経験したという意味では、二代目社長とはいえ、自分としては一・五代目くらいのつもり」。この発言は自画自賛というより、「経営者は代々初代」をモットーとする一志社長にとってはむしろ、まだいっぱしの経営者にはなっていないという謙虚な表現である。
 
小学六年生のときに松下幸之助の本の感想文を書いて表彰された。一志社長には、松下が唱えたような自主責任経営の考え方が、少年時代から刷り込まれていたのかもしれない。新宮運送の経営を継ぐとき、岩男会長に対し「保証判はいらない」と言った。資金が必要なときは、「私ひとりの判子で借りる」との決意である。一志社長は言う。
 
「経営者というのは孤独。自分の責任でやらなあかん。自分の考えをはっきり打ち出し、自分がそれに沿った生き方をできないと。私は、命と引き換えに銀行から借金させてもらっていると思っているくらいです。大企業のように社債を発行すれば資金調達できるわけでもない。社員の生活も考えると、経営に対して真剣にならざるをえません」
 
実際、真剣であるからこそ、社員とは真正面から向き合っている。一志社長自身、「不良少年だった」こともあり、運転手が暴走族あがりだと、視線が合っただけで瞬時に判別できるという。そして、こうした若者ほど真正面からぶつかっていくと、すごくまじめな青年に変身するそうだ。人の見ていないときでも、夜中の出発前に黙々とボルトチェックなどの点検をしたり、トイレ掃除を率先して行なったりしているという。
 
そのほか、「まんてん情報カード」を作成し、社員のいいところをできるだけ見つけて評価することに努めている。
 
「特に運転手の仕事はひとりでするものなので、他人からはその仕事ぶりが分からない。たまたま出会ったときに会話を交わすくらいです。だから、互いにほめたり注意したりすることもない。それで、ほかの社員がいいことをしているのを見たり聞いたりしたら、ちょっとしたことでもいいのでカードに書き込んで、ほめようということにしました。互いに離れているがゆえに伝えられない部分を伝えていこうと。みんないいことを、知らないところでやってくれているんです」
 
一志社長はその一方で、社員を他人と比較してほめるようなことはしないようにしている。一人ひとりの社員を大切にしているからこその方針だ。

 

2代目であっても創業者のつもりで(3)へ続く

◆『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』2013年7・8月号より

 

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