【理念継承 わが社の場合】数々の困難を乗り越えて発展させてきた会社をだれにどう引き継ぐのか。松下幸之助経営塾塾生の「事業継承(承継)」事例~新宮運送~をご紹介します。

 

2代目であっても創業者のつもりで(2)からの続き

 

理念継承 わが社の場合

「安全」「エコ」で評判 すべては人間教育から

新宮運送は二〇〇九(平成二十一)年、環境省など主催の「エコドライブコンテスト」で、九三七七にのぼる参加企業の中からただ一社、最高の「環境大臣賞」の栄誉に輝いた。エコドライブとは、環境負荷の軽減に配慮した自動車利用のことである。さらに同社は二〇一〇(平成二十二)年にも、エコドライブ推進に力を入れたとして、兵庫県大気環境保全連絡協議会主催の「あおぞら大賞」を受賞した。科学的な燃費管理やエコドライブを実践する運転手に対する報奨制度など、一志社長の環境問題へのかねてからの取り組みが実を結んだといえよう。
 
注目すべきは、そうした具体的取り組みの背景に、社員に対する人間教育があることだ。エコドライブの実践という個別の話ではなく、そもそも運送業務に携わる運転手としてなすべきことをきちんと教育しているのだ。一志社長は、先述した掃除の実践を通して、こんな考え方を持つようになった。
 
「『分かっている、知っている』と、『やっている、できている』というのはぜんぜん違う。ゴミが落ちていたら拾うべきだというのは知っていても、実際にゴミを拾わなければダメ。拾うようにするには、実際に掃除を体験させてみることです。一回できた、二回できたということを積み重ねていくなかで、ゴミを拾うことが習慣化される。そうすると、ゴミを捨てない、つまり世の中に迷惑をかけない人に育つのです。そこまで育てるのに時間はかかりますけれどね。運転も同じ。掃除とは一見関係なさそうだけれども、世の中に迷惑をかけない運転の仕方ということが少しずつ理解できるようになってくるものです」
 
新宮運送では、月一度の土曜日に全社員が出勤して「CSミーティング」を開催しているが、その前に社員は会社周辺の清掃活動に従事している。清掃にはむろん、きれいにするという目的がある一方で、社員がそこから何かをつかむことも期待されているのだ。
 
ちなみに「CSミーティング」とは、かつて「安全講習会」と呼ばれていたものである。運送業者にとって安全運転は基本中の基本。そこで一志社長が、「土曜日に安全講習会をやろう」と提案したところ、全社員が休日出勤になるので「人件費なんぼかかるか、分かっとんかい」との声もあった。それでも、かつて事故処理を担当した者として、たった一度の交通事故がいかに大きな損害をもたらすのか、身に染みて分かっていた一志社長は、土曜出勤させてまでも運転手に安全教育を徹底させるようにしたのである。
 
岩男会長によると、新宮運送の運転手はよく、「あんたんとこの車の後ろついとったら、会社の出勤時間にまにあわん」との〝苦情〟を言われるそうだ。この手の〝苦情〟は、同社にとって誇りである。むやみにスピードを出さず、安全運転に徹していることの証だ。創業から五十年を超え、いまだ社員の起こした死亡事故はゼロである。
 
新宮運送では一九九三(平成五)年から、「S−DEC運動」を進めている。「S−DEC」とは、「セーフティ・プロドライバーズ・エンドレス・チャレンジ(Safty pro Driver's Endless Challenge)」、つまり「安全運転をするプロドライバーの終わりなき挑戦」のことで、四千日間の無事故・無違反運転が目標だ。これまで同社には四千日間、つまり約十一年ものあいだ、休日やプライベートの運転も含めて無事故・無違反を達成した社員が一一名も生まれている(二〇一三〔平成二十五〕年四月現在)。岩男会長は言う。
 
「前がすいとったら(走行車線を)右へ寄ったり左へ寄ったりする人おるけれども、すぐに追い越し車線に出るようなことはするなと。出ても、五分も十分も変わらへん。ほかの人より三十分早う出ることによってゆっくり行けると。それが事故を防ぐいうことやからね。道路がわれわれの職場やから、マナーが大事。急ブレーキ踏んだり、急発進したり、そういうようなことではなしに、ゆっくり止めて、ゆっくり発進する」
 
急ブレーキを踏んだり、急発進したりしないことは、安全面でプラスになるのみならず、エコドライブにも関係する。新宮運送が環境大臣賞を受賞した理由には同社の独自の取り組みもあるが、そもそもマナーを守るという人としての基本が運転手のあいだで確立されていたことも要因だろう。人間教育の大きな成果である。
 

長男としての覚悟――百年企業に向けて

岩男会長から一志社長へと引き継がれた新宮運送の経営は、社員に対するしっかりとした人間教育のもと、順調に発展してきたようにも見えるが、必ずしもそうではない。かつて同社の経営には名義上、岩男会長の親族がかかわっていたこともあり、事業承継に当たり会社の資産を二つに分割したことがある。その際、一志社長が一五億円の借金全額を引き受けることになった。このことが一志社長の精神に重くのしかかったのである。
 
四十二歳のころ、医者から「最近、大きなストレスはなかったですか?」と尋ねられる。スキルス胃ガンだった。胃の三分の二を切除することになったが、幸い健康状態は回復した。
 
岩男会長の人生観が妻のガンをきっかけに変わったように、一志社長の経営観も、胃ガンの経験を機に大きく変化する。数字を追いかけることをやめたのだ。「新宮運送では毎年、経営計画発表会を開いていますが、今は目標を数字で示すことはしていません。数字を追いかけると、私欲に走ってしまい、人間性が失われてしまうからです」と言う。
 
一志社長は社外で「養心の会 播磨」という会合を主宰している。さまざまな講師を招いて、人生や生き方を学ぶ勉強会だ。そのほか、『明日へ』と題された詩集も独自に発刊している。一志社長の人間性を大事にする取り組みは、一企業を超えて広がりをみせている。
 
一方、社内では「こころ便り」を毎月発行している。人間や社会についての一志社長の所感がつづられているが、十年以上続いているところがすごい。その「こころ便り」を配布するため、印刷された紙を折る作業を幼いころから手伝っていたのが、一志社長の長男で、新宮運送社員の晋一さんだ。当時は父の「こころ便り」を折るだけでほとんど読まなかったが、いまあらためて読むと納得することもあるという。
 
大学卒業後、大手運送会社に勤め、昨年四月に新宮運送に入った。まだ、運転手の仕事はさせてもらっていない。それでも、出勤でマイカーを運転する際は、安全運転を心がけている。制服を着用しているので、近隣の人が「新宮運送の社員だ」とすぐに分かるからだ。それに、社長の長男ということもあり、なにかと周囲から「将来、社長やらなあかんな」と言われてきたので、率先して模範運転に努めている。
 
昨年、新宮運送は創業五十周年を迎えたが、次の五十年は自分が会社を背負うことになるという覚悟はできている。「(経済環境が変わっても)将来も輸送というサービスはなくならないと考えています。創業百年に向けて、まだまだできることはたくさんある。運送業で百年続いたという会社をあまり聞いたことがないので、大きな目標です」と、頼もしい発言。新宮運送の将来が楽しみだ。
(おわり)
 
◆『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』2013年7・8月号より
 
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