カメラのシャッター用ばねの製造に始まり、顧客の要望に応じて様々な精密機器のばねへと販路を広げてきた小松ばね工業は、国内有数の極小・精密ばねのメーカーである。職人肌の創業者急逝後に、混迷する社内を立て直したのが小松節子現会長で、後継者は長女の万希子社長(「松下幸之助経営塾」卒塾生)。町工場には珍しく女性経営者が二代続く。穏やかな社風のもと、培われた熟練の技術力に磨きをかけて次代に挑む姿をレポートする。

 

<使命に生きる>
女性経営者二代が、ばね製造の熟練技術者を活かす――part1

1000分の1ミリ単位の精密ばね

ばねと聞いて、何を思い浮かべるだろうか。建物の耐震装置や鉄道車両のサスペンションなどに使われている大型のばねだろうか。あるいはノック式ボールペンの中のばねだろうか。

 

今回取材した小松ばね工業は、ばねの中でも極小・精密ばね製造を得意とする。扱う材料の線径(太さ)は〇・〇二~二・〇ミリ。髪の毛の太さが約〇・一ミリなので、最も細いばねはなんと、髪の毛よりも細い素材でつくられているというから驚きだ。

 

小松ばね工業のある東京都大田区は、多くの町工場が集まる「ものづくりのまち」として有名である。「ものづくり」といっても、完成品よりむしろ、金属を素材とした「削る」「研磨する」「形成する」「メッキする」などの加工を専門に請け負う工場が多い。その高度な職人的技術は国内外から高く評価され、世界のトップ企業に製品を納める会社も少なくない。

 

ただ、発注先メーカーの工場海外移転による受注数の減少や後継者不足などにより、工場数は最盛期(昭和五十年代後半の九〇〇〇社超)の半分以下の四〇〇〇社あまりに減っている。また、移転や廃業した工場の跡地に住宅・マンションが立ち並ぶようになり、町工場を取り巻く環境も以前とは様相が異なってきた。

 

小松ばね工業はJR大森駅から車で二十分ほどの、町工場と住宅がモザイクのように混在する大田区らしい風景の中にあった。第一工場も兼ねた本社ビルの近くに第二・第三工場があるほか、宮城県大河原町に大河原工場、秋田県大仙市に秋田太田町工場を所有。インドネシアには子会社「小松ばねインドネシア」も展開する。

 

代表取締役の小松万希子社長は、二〇一一年に母親の小松節子現会長の後任として取締役社長に就任、三年後の一四年に代表権を継承した。市場が縮小傾向にある中、堅実な財務体質を背景に品質を磨き続けている。

 

創業は一九四一(昭和十六)年。線ばねの設計・製作から始まり、創業当初は、主にカメラのシャッター用の精密ばねの専門工場として発展し、その後、各界の要望に応えて時計、電気製品、通信機器、OA機器、自動車部品などの分野に進出し業容を拡大。特に、パソコンや携帯電話が普及し始めた九〇年代以降は、機器の小型化が進むにつれ、プリント基板や電子部品を検査する装置も小さくなり、それに必要とされるばねも極小化が求められた。

 

近年、受注が増えているのが医療分野である。内視鏡用コイルばねをはじめ、血管内治療(カテーテル治療)に用いられるガイドワイヤー用の超精密ばねも製造している。医療分野で使われるばねに求められる精度は特に厳しい。

 

「公差(図面上の数値と測定値の間で許容される誤差の範囲)も、より小さい値を求められます。人の命にかかわる分野ですから厳しいのは当然ですが、これをクリアするのは大変でした。でも、この難題のおかげで、当社の技術がまた一段階進化したことも事実です」

と、万希子社長は胸を張る。さらに、

「ばねにはあらゆる分野で可能性があります。一般に思い浮かべられる螺旋形のコイルばねにも、“押しばね”“引きばね”“ねじりばね”など何種類もありますし、コイル状に巻かずに線材を様々な形に成型加工して圧力を吸収する“線細工ばね”もあります。ひと口にばねといっても、製品や用途によって求められる応力や形状が違うため多種多様であり、用途の数だけばねの数があるといっても過言ではありません。

今後は、さらに広い視野を持って新しい市場にチャレンジしていきたいと思っています」

と意欲も燃やす。

 

小松節子会長

小松節子会長

 

熟練の職人技が最先端機器を操る

実はばねは、組み込まれる製品ごとに大きさ、形状、強度などの条件が異なるために汎用性はない。つまり、ばねの大半はその用途のためだけにつくられる特注品である。七十五年の歴史を持つ小松ばね工業には、数百台のスプリング自動成型機があり、あらゆるばねの注文に応えられる態勢を整えている。

 

製品の大小や形状の違いにかかわらず、ばねをつくる仕組みは基本的には同じで、①ローラーで線材を送り出し、②ばねの形状に曲げながら巻き、③カットする、である。いったんセットしてしまえば、一つのばねをつくるのに一秒もかからないくらいだが、問題は図面通りの製品にするために機械をどうセットするかだ。ばねはすべてが特注品なので、製品ごとにセッティングを変える必要がある。ここが技術者の腕の見せどころとなる。

 

ローラーで送り出された線材は、「ワイヤーガイド」という溝を通って「コイリングピン」に突き当たって曲がり、コイル形状になる。したがって、これらばねを形づくるための「ツール」は、ばねの大きさや形に応じた、オリジナルのものが必要になる。

 

初めて線径〇・〇三ミリの製品を受注した当時、世の中にはそんなに極小のばねをつくる機械は存在しなかった。そこで、小松ばね工業の技術者は、既存の機械にみずから手を加え、超精密ばねを製造できるように改良したのである。例えば、線径〇・〇三ミリのばねをつくるためには、線材が通るワイヤーガイドの溝も〇・〇三ミリにしなければならない。顕微鏡を使って〇・〇三ミリの溝を手作業で掘る――まさに職人技の世界である。

 

最新鋭のスプリング自動成型機も導入している。近年のマシンは当然、NC(数値制御)である。しかし、「どんなに機械が発達しても、それを動かすのは技術者です」と万希子社長は言う。いくら最新の機器であっても、コンピュータで設定できるレベルには限界がある。最終的には人の手によって微調整しないと品質の高いものはできないのだ。ツールの設定がきつすぎる(遊びがなさすぎる)と、動かしているうちに線材が絡んで動かなくなる。ゆるすぎると、ばねの寸法がバラバラになってしまう。その製品にピッタリと決まる設定ができてはじめて、同じばねが何万個でもつくれるのである。

 

こうした熟練の技術は、ベテランから若手へと代々受け継がれてきた。七十五年間積み上げられてきた技術の総和が、現在の小松ばね工業を支えている。その確かな技術と妥協のないものづくりの姿勢が評価され、一九九五年および二〇一一年には大田区の「優工場」に認定。〇六年には、中小企業庁によって選ばれる「第一回 元気なモノ作り中小企業300社」に入選を果たした。また〇七年には、天皇陛下の本社工場ご視察も行なわれている。

 

超精密・高品質への挑戦(2) へつづく

 

経営セミナー 松下幸之助経営塾

 

◆『衆知』2017.3-4より

衆知17.3-4

 

DATA

小松ばね工業株式会社

[代表取締役]小松万希子
[本社]〒143-0013
 東京都大田区大森南5-3-18
TEL 03-3743-0231
FAX 03-3743-0235
創業…1941年
設立…1952年
資本金…1億円
事業内容…精密ばね製造・販売

 

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