東京都調布市で70年にわたって事業を営む調布みつぎ不動産研究所は、農業も手がける、というよりむしろ農業にアイデンティティをおく、ユニークな不動産会社である。バブル崩壊以降、多くの同業者が倒産や廃業に追い込まれる中、農業で培った独自の考え方により、地域密着で継続的に発展し続けてきた。同社はいかにして地域の信頼を得、また信頼されるに足る社員を育てているか、その哲学と実践を、三ツ木孝さん、勝さん、秀章さん(いずれも「松下幸之助経営塾」卒塾生)に訊いた。

 

<使命に生きる>
農と不動産で引き出す地域の可能性――part1

農業をルーツに持つ不動産会社

調布みつぎ不動産研究所(以下、調布みつぎ)がある調布市は、東京都のほぼ中央に位置する人口約二三万人の都市である。古くは甲州街道の宿場町(布田五宿)として栄えた地であり、南には多摩川、北には武蔵野の面影を残す深大寺周辺など、自然環境にも恵まれている。元々は農業主体の地域だったが、交通網の発達とともに郊外住宅地として開発が進み、昭和四十年頃から人口が急増した。

 

ただ、宅地や市街地の間には比較的多くの農地も残っており、野菜を中心に、生産者と消費者の距離が近い都市型農業が盛んである。調布みつぎの事業は、この地で行なわれてきた農業を抜きにしては語れない。というのも、創業者の三ツ木勝治先代社長は農家の生まれで、農業のかたわら不動産業へと進出したのである。

 

まずは、今日の調布みつぎに至るまでの“生い立ち”から辿ってみることにしよう。
終戦直後の昭和二十一年、三ツ木孝現社長の父親である勝治さんは、十九歳で本家から独立し、所帯を持った。少ない土地で、食うや食わずの状態からのスタートだったという。翌年、孝さんが生まれる。子供の頃から生活に苦労した思い出には事欠かない。

 

「普通の家なら、鮭は切り身で食べるのでしょうけれど、うちは“カシラ”や“カマ”をどんぶりに入れてお湯をかけ、塩出しして食べるような生活でした。小学校から帰ってくると、机の上に書き置きがあって、『○○の畑に来なさい』とだけ書いてある。かばんを置いてすぐに手伝いに行くという毎日でした。収穫した野菜は深夜までかけて荷造りをし、翌朝三時に市場に持っていきました。ほとんど寝る間もなく働いていたので、疲れ切った父は畑の作物の間に体を横たえて寝たそうです」(孝社長)

 

苦しい生活の中でも倹約に努めた勝治さんは、少しでも自分の耕作地を増やそうと、収穫した米を売り、自分たちは麦を食べて農地を購入するようになる。時代は高度経済成長期に移行し、調布にも都市化の波が押し寄せてきた。そこで勝治さんは、農地購入の経験を活かして不動産業を始めることにしたのである。

 

はじめは個人事業でやっていたが、昭和四十二年に法人化し、株式会社三ツ木建設を設立。それまで家業として手伝っていた孝さんも、社員という立場で仕事をすることになる。その後、土地に付加価値を付けて販売する建売分譲住宅に進出。販売会社として株式会社三孝開発が設立され、孝さんが担当することになった。

 

右肩上がりの経済成長の中で、ここ調布でも土地価格は上昇の一途を辿る。孝さんたち三ツ木グループは、その波に乗り順調に業容を拡大していった。そしてバブル期を迎える。地価は極端な上昇カーブを描き、仕入れた土地が瞬く間に何倍もの価格で売れる。一方、同じような土地を購入しようとすると、またその何倍もの価格に膨れ上がっており、借金をしないと仕入れることができないという事態になった。

 

ここにきて、三ツ木グループでは、一つの経営判断を下す。それは「分譲から賃貸へ」という事業の方向転換だった。

 

付加価値を高める土地活用を推進

「あのまま突っ走っていたら、今のわが社はなかったでしょうね。同業者の多くは、土地の値上がり、重税、借入金が原因で倒産しました」

と孝社長は振り返る。三ツ木グループは、建売住宅として持っていたものを賃貸に切り替え、事業の安定化を図った。バブル景気に浮かれて無謀な拡大に走る企業が多かった中で、なぜその陥穽に陥らなかったのだろうか。

 

そこには、先代社長から受け継がれる三ツ木グループ独自の土地に対する思いと、事業に対する考え方があった。三ツ木グループでは、どれだけ取引額が増えようとも、あるいは事業の好不調にかかわらず、持っていた農地を売ることを一切していない。農業は三ツ木グループの原点であり、先代社長も、現在の孝社長も、実際に農業もやりながら不動産事業に携わってきた。そして現在も、調布みつぎグループとして「農業法人調布のやさい畑」を運営している。

 

農作物は、土を耕し、一つひとつ種や苗を植え、手をかけ目をかけて育てていくものである。雨風に備え、日照りの時は水をやり、害虫・害獣から守り、天地の恵みを得てようやく実る。一つひとつ人の手で収穫し、土を洗い、形を整えて店頭に並べる。そして、一〇〇円、二〇〇円という単位で売る努力が必要となる。

 

三ツ木グループにとっては、不動産事業も農業と同じ思いで取り組んできた事業である。土地は転売して儲けるためにあるのではない。農地がそこで人の手をかけて作物が育てられる場所であるように、土地とは、そこに人が手をかけ工夫を施し、付加価値を高めて人々の役に立つために取引される場所なのである。

 

したがって、不動産業とはいっても、三ツ木グループの場合、仲介手数料を目的とした事業ではない。「みずから不動産を所有し、時代や地域のニーズに応じて、様々なサービスを提供する」というのが根本的な考え方だ。

 

バブルを機に分譲からシフトした賃貸事業では、一般居住者向けの物件もあれば、事業用の物件もあった。なかには数百坪といった工場用地や倉庫などもあった。ところが、企業の海外移転などが進むと、そういった大型の案件が減ってくる。

 

そこで目をつけたのが「トランクルーム」だった。大口のニーズがないようであれば、分割して小口のニーズに応える。これが地域の要請にピタリと合致していたのだ。平成七年にスタートしたトランクルーム事業は着実に売上を伸ばし、グループの事業の一つの柱として成長した。現在、調布市とその周辺の約四〇カ所に、二〇〇〇戸近くを所有・管理している。

 

人も土地も作物も手をかけて育てる(2) へつづく

 

経営セミナー 松下幸之助経営塾

 

◆『衆知』2017.1-2より

衆知17.1-2

 

DATA

株式会社調布みつぎ不動産研究所

[代表取締役]三ツ木 孝
[本社]〒182-0021
東京都調布市調布ヶ丘2丁目8番地2
TEL 042-481-1211
FAX 042-488-6561
設立…1967年
資本金…7,500万円
事業内容…居住用物件・事業用物件・トランクルームの賃貸、仲介および管理業務、土地・建物売買、建築・リフォーム業

 

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