東京都調布市で70年にわたって事業を営む調布みつぎ不動産研究所は、農業も手がける、というよりむしろ農業にアイデンティティをおく、ユニークな不動産会社である。バブル崩壊以降、多くの同業者が倒産や廃業に追い込まれる中、農業で培った独自の考え方により、地域密着で継続的に発展し続けてきた。同社はいかにして地域の信頼を得、また信頼されるに足る社員を育てているか、その哲学と実践を、三ツ木孝さん、勝さん、秀章さん(いずれも「松下幸之助経営塾」卒塾生)に訊いた。
◆人も土地も作物も手をかけて育てる(1) からのつづき
<使命に生きる>
農と不動産で引き出す地域の可能性――part2
事業承継を機に経営理念を策定
平成二十七年、事業ごとに七つの会社に分かれていたグループを統合し、調布みつぎ不動産研究所が発足した。半世紀以上にわたり、調布市とその近郊エリアに特化して様々な形態の不動産を取り扱ってきたノウハウを集約し、「不動産資産活用における知識集団」として地域のニーズに応えていきたいというねらいである。
調布みつぎが今日のような形に至るまでには、一つの節目を乗り越える必要があった。それは、先代社長からの事業承継である。平成十五年に先代が亡くなり、孝社長が三ツ木グループ全体の責任を持つようになる。創業社長から二代目へ――。大黒柱を失ったあと、孝社長の試行錯誤の日々が始まったのだった。
「父は、農家でありながら耕す畑も十分持たないところからスタートし、自分なりの知恵と努力で農地を増やし、不動産事業まで立ち上げて成功に導きました。組織として仕事をするというよりは、ほとんど個人の力量で事業を推進してきました。同じようなことが私にできるかというと、とてもできない。そこで私は、組織の力を高めることによって会社を経営していくという選択をしたのです。ところが、それは簡単なことではありませんでした」(孝社長)
先代社長は昔気質のワンマンタイプ、周囲に多くを語ることなく独断専行でどんどん物事を進めていく。社員はついていくのに必死で、自分で何かを考え判断する余地がほとんどない。長年このタイプのリーダーのもとで仕事をしていると、指示されたことに対しては迅速に動けるが、自分で物事を判断し、結果の責任を負うというスタイルが身につかないのである。
孝社長が事業を継承した時、直面したのがこの課題だった。建築・工事、不動産売買、賃貸、トランクルームなど、グループの事業は多岐にわたる。トップがすべての経営判断をするのではなく、それぞれの部門でみずからの責任で事業を推進できる「部門経営者」が必要だった。
バブル崩壊後は、保有する土地の値上がりを待つのではなく、いかに有効活用し、そこから収益を上げるかを考えねばならない。そのためには、トップが現場でやることを細かく指示するというよりはむしろ、現場の最前線にいる人間が、お客様の生の声を聴き、地域のニーズを肌で感じて、時代に合った事業を創造していく必要がある。トップに求められるのは、そのための判断基準となる事業の大きな方向性とそのバックボーンとしての考え方、一言で言えば経営理念を示すことである。
「私がこの“三ツ木丸”の船長役を担うことになりましたが、正直なところ、どのように舵を取っていったらいいかわからなかった。そこで初めて、経営者としての勉強をするようになったのです。その中で『経営理念』の大切さを知り、平成十七年頃に現在の経営理念を策定しました。新しくつくったというよりは、当社の事業のベースに元々あった考え方です。ただ、それを明文化したのは初めてでした」(孝社長)
理念を作成しても、それにどう魂を込め、全社員に血肉化していくかが次の課題になる。そんな時に出合ったのが、自創経営センター創設者の東川鷹年氏がレンタル会社勤務時代に開発した「自創経営」という人財育成システムだった。これは、「一人ひとりがみずから計画を立て、目標達成に責任を持つ人財を育てる」というビジョンにもとづいている。仕事を「やらされるもの」ととらえるのではなく、「仕事は自分の人生である」と考え行動すること、仕事を通して人として成長することを目的とする。
理念の浸透を図りたい三ツ木グループにとって、まさに求めていた人財育成の仕組みだった。平成十九年、全社に自創経営システムを導入するにあたって力になったのが、孝社長の長男・勝専務と、次男・秀章常務である。二人は、祖父にあたる先代社長のこともよく知っており、勝専務は駆け出しの頃、先代のもとで直々に指導も受けている。三ツ木のDNAを身につけ、孝社長とともにグループの継承発展のために経営の学びを深めてきた。自創経営の導入は、この三者が一体となって進められた。
みずから考え、行動する社員を育てる(1)
自創経営の独自のツールに、「チャレンジシート」と「ランクUPノート」がある。
チャレンジシートは年間目標の達成に向けて取り組むべき重要項目や、そのために取るべき行動、出すべき結果などを記入し、一年後に振り返りができるようになっている。
ランクUPノートは、日々の行動計画作成のツールである。チャレンジシートで立てた年間目標をどのように実現していくのか。月間目標、週間目標と細分化し、最終的には日々の行動計画にまで落とし込んでいく。しかもただ書き込むだけではなく、上司や先輩、同僚がチェックするとともに全社ミーティングでも共有し、コメントをフィードバックすることで、目標が達成できるようお互いの成長を促していく。
時間と労力を要することだが、人財育成は一朝一夕にはできない。経営理念を確立し、社内に根づかせる。理念にもとづいた仕事を体現できる人間を育成する――このことは、先代亡きあとの三ツ木グループの方向性、行く末を決める全社的な命題だった。
チャレンジシートの作成やランクUPノートへの日々の記入は、生半可な気持ちでは続かない。各自が自身を振り返り、内面を見つめ直さないと書き込めないような中身である。自分なりの仕事のスタイルを持っている社員にとっては、この新しい仕事習慣への切り替えは心理的な負担が大きかったのだろう、会社を去っていった社員も少なくはなかったという。
だが、経営陣に迷いはなかった。
「確かに、人が辞めていくことは厳しい面もありますが、反面、続ける人たちの間には、これらのツールを使って実践する自創経営が企業文化として確実に残っていきます。時間が経過するにつれて理念が浸透し、一人ひとりの社員が自分のこととして仕事をとらえられるように変わってきたのを感じます」(秀章常務)
文字でびっしり埋められたチャレンジシート(左)とランクUPノート
◆人も土地も作物も手をかけて育てる(3) へつづく
◆『衆知』2017.1-2より
DATA
株式会社調布みつぎ不動産研究所
[代表取締役]三ツ木 孝
[本社]〒182-0021
東京都調布市調布ヶ丘2丁目8番地2
TEL 042-481-1211
FAX 042-488-6561
設立...1967年
資本金...7,500万円
事業内容...居住用物件・事業用物件・トランクルームの賃貸、仲介および管理業務、土地・建物売買、建築・リフォーム業
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