東京都江戸川区に本社を置く株式会社ニットー住宅は、1970年に日東興業有限会社として設立。東京オリンピックが開催される2020年には創業50周年を迎えるという、地域に根付いた工務店である。天然素材である無垢材を利用した注文住宅が評判だ。しかし、かつては一般的な建売住宅を主力事業としていた。現社長の田中榮一郎さん(「松下幸之助経営塾」塾生)が大きく方針転換したという。きっかけは何だったのか、田中さんへの直接取材をもとにレポートする。
<使命に生きる>
わが子の病に直面、家づくりを問い直す――part1
天然木の香りを嗅いで育つ
地下鉄都営新宿線瑞江駅を降りて、商業ビルが立ち並ぶエリアを越えると、住宅街となる。その一角にある鉄筋コンクリート造りのマンションの一階から、やさしい木の香りが漂ってきた。ニットー住宅のショールーム「天然木スタジオ」である。同社は、天然素材や無垢材を使用した注文住宅を手がけている。「天然木スタジオ」は、お客様に天然素材のよさを肌で実感してもらうために、十一年前にオープンした。
スタジオ内に一歩足を踏み入れると、空気感が変わる。靴を脱いで無垢材の床を歩けば、足裏に心地よいぬくもりが伝わってくる。打ち合わせ用のいすやテーブル、壁面にも天然木が使われ、都会にいながらも、この空間だけは自然の中にいるような気分にさせられる。
聞けば、社長の田中榮一郎さんは材木商の長男として生まれたという。住んでいた家はもちろん木造住宅。隣接する倉庫にはいつも大量の材木が所狭しと並べられていた。毎日、木の香りを嗅ぎながら育ったのである。
「父は三重県の尾鷲出身で、東京に出てきて木場の材木問屋に就職し、その後独立しました。工務店や大工さんに材木を納める商売です。そのうち建売住宅の事業に進出しました。高度経済成長で住宅需要の拡大が見込めたからでしょう。ここ江戸川区でも住宅不足は深刻でした。家を買うにも抽選で、しかもかなりの倍率だったと聞いています」
後年、自身が住宅会社を引き継ぎ、材木のほうは弟さんが継承した。二つの事業に二人の後継者が育ち、事業承継はスムーズだったようだ。
天然の木を使った家づくりにこだわっている
青春時代に土木・建築を志す
田中さんは若い頃から後継者を意識していたわけではない。ただ、建築の仕事に興味を持つきっかけになった出来事はある。高校時代に「ゾイデル海の水防とローレンツ」(朝永振一郎著)という話に出合ったことだ。
ゾイデル海とは、かつてオランダに存在した大きな湾である。オランダは海面より低い土地が多いため、しばしば高潮による水害に見舞われてきた。そこで、ゾイデル海の入り口をダムでふさぐことにより問題を解決しようとした。
ところが、堤防の高さをどれだけにすれば外海の潮位から守れるのか、いろいろな説があってはっきりしない。低ければ災害を防げないし、高すぎると限られた国家予算をムダに使うことになる。堤防は全長三〇キロメートル以上。たとえ一センチの違いでも、費用が大きく変わる。
この時、検討委員会の長として白羽の矢が立ったのが、ノーベル賞を受賞した世界的物理学者のヘンドリック・ローレンツである。ローレンツは大変な仕事であると思ったが、自分の力をこの大事業につぎ込むことが祖国オランダに対する義務であると考えた。結論が出されるまでに八年もの歳月を要する。
高校生の田中さんは、この話に心を打たれた。
「コンピューターもない時代に、こんなすごいことをやった人がいたのだと知って驚きました。大自然を相手に、人間の力でここまでのことができるのか、と。自分もダムや橋をつくって、自然の力から人間社会を守るような仕事をしたいと思いました」
土木工学を学ぼうと、大学に進学する。やがて就職活動の時期が訪れた。このまま土木の道に進むのか、それとも実家の建設業を継ぐのかという岐路に立たされたが、田中さんが選んだのは後者である。ただ、後継者になるには、不動産の知識が不十分だった。そこで、最初は大手不動産会社に就職する。
不動産の仲介や委託販売、賃貸業について経験を積んだ。ちょうどバブル経済のピークにあたり、坪二〇〇〇万円のマンションも扱っていたという。「自分の金銭感覚とは全くかけ離れた世界の仕事でした」と当時を振り返る。
上司にも恵まれ、次第に仕事の手ごたえをつかんできた田中さんだったが、そんな時、実家の父親から電話が入る。「会社の現場監督が急きょ辞めることになった。そろそろ帰ってきて手伝ってくれないか」。田中さんは、「少し早いのでは」という思いもあったが、父親の言にしたがうことにした。「ダムや橋をつくる」という夢は「住宅」にかたちを変えたが、自然の力から人を守るという志の実現に向け、歩み始めたのである。
◆住む人の健康を考える 無垢の木の家(2) へつづく
◆『衆知』2016.9-10より
DATA
株式会社ニットー住宅
[代表取締役]田中榮一郎
[本社]
〒133-0065
東京都江戸川区南篠崎町3丁目11-2
TEL 03-3677-2111
FAX 03-3677-2151
設 立…1970年
資本金…1,000万円
事業内容…戸建て住宅の設計・施工・販売、リフォーム、不動産の仲介・賃貸業など
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