昭和39(1964)年10月11日、タイム創業者で主筆のヘンリー・ルース氏がPHP研究所を訪問しました(上写真)。この訪問について、「行事・来訪者記録帳」や「タイム社編集議長ヘンリー R. ルース氏伝記」と題する資料が現存しています(所史ファイル)。

 

 「行事・来訪者記録帳」によると、「来訪者」とされたのはルース氏のほか、副社長のヘンリー・ルース3世、「副常務」のレイン・フォーティンベリー氏など5名、「随行者」は「大阪支局長橋本様、渉外部少徳氏」の2名でした。

 

 訪問の「用件」は、「(東京)オリンピックのため来日」「(松下)会長40周年タイムパーティー招待の御礼」「タイムについて懇談」となっています。当時PHP研究所が置かれていた真々庵の玄関より座敷へ案内し、庭を観賞してもらって、茶室「青松」にて「お茶接待」「サロンにて懇談」が行われました。16時30分から18時45分までの滞在の後、「『土井』にて夕食」となっており、宴会にはルース3世夫人や松下正治社長夫妻も列席したことが、「特記事項」として記録されています。「みやげ」として、ルース氏に46,000円の花瓶が贈られ、他の男性は7,600円のトランジスタラジオ、女性には「真珠ブローチ」が進呈されました。翌12日は、午前中に「工場見学」が行われています。

 

 松下電器で作成されたB5レポート用紙6枚の「伝記」によると、ルース氏は「アメリカにおけるジャーナリズムの、最も影響力のある人物」でした。明治31(1898)年、中国生まれ。牧師で同姓同名の「ヘンリー・ルース」を父とし、15歳でアメリカへ渡った後、エール大学、オックスフォード大学で学び、大正12(1923)年に『TIME』を創刊しました。共同創刊者の「ハデン氏」が創刊7年目で死去したことや、妻のクレア・ルース氏がイタリア大使だったことも記述されています。

 

 この後も、昭和40(1965)年2月16日「タイム社社長リネンご夫婦」「ストーレンウェック氏ご夫妻」「専務ベアー氏」がPHP研究所を訪れ(PHP研究所誌)、同年3月20日には「編集長ジョージハント氏他4名」が、松下電器本社にて幸之助を取材(下写真)。同年11月2日に「タイム編集主事、ドノバン氏御夫妻、シェクター氏ご夫妻」が取材しています(PHP研究所誌)。幸之助に対するタイムの興味は尽きることがなく、引き続き取材や面会が行われました。

 

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幸之助と編集長ジョージハント氏