昭和24(1949)年7月1日発行の月刊誌『PHP』第27号から、松下幸之助は表4(裏表紙)に短い文章を無署名で連載しました。内容について「世間の動きやら、身辺の出来事などから感じたこと」とか「全くの寸感であり、別に抱負経綸を述べるといった性質のものではありません」(※1)と述べています。

 やがて『道をひらく』の先行版として、これらの短文50編を収録した私家版の『四季のことば』が昭和32(1957)年8月に制作されました。読者に好評だったため、さらに20編を追加した70編による改訂私家版の『四季のことば』が昭和34(1959)年10月に制作されています(写真)。

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昭和34年版『四季のことば』


 その後、実業之日本社から「一書を出したいので、何か書きまとめてほしいという強いご依頼」(※2)があったため、101編をまとめた実業之日本社版(以下、実日版)の『道をひらく』が刊行になります(写真)。昭和34年版の『四季のことば』と比べると、70編のうち23編は掲載されず、新たに54編が追加されました。


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実日版『道をひらく』

 さらに、京都東山山麓の 真々庵で行なわれた昭和42(1967)年8月26日の研究会で、「『PHP道をひらく』の特製本」について討議されました。この「特製本」が現在のPHP版『道をひらく』です。


『PHP道をひらく』と実日版を比べると、実日版のうち3編が掲載されず、新たに23編が加えられ121編になっています。両書の違いの概要は、以下の通りです。


実日版とPHP版の違い

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『PHP道をひらく』88~89頁掲載の「眼前の小利」と、176~177頁掲載の「何でもないこと」は、過去の『PHP』誌表4に掲載されていない文章でした。その他、以下のものが実日版から題が変わっています。


実日版から変更された題

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 昭和43(1968)年3月4日にPHP研究所で普及二課が発足しています。「近く発売の予定される『PHP道をひらく』の普及業務を担当」(PHP研究所所誌)と記録があり、市販に向けた体制が整えられました。同年4月1日に見本50部が納入されています(同)。



1)『四季のことば』「はじめに」より。ナショナルショップ向けの機関誌『ナショナルSHOP』にも月刊誌『PHP』表4と同じ文章がほぼ同時期に掲載されていました。
2)実業之日本社版『道をひらく』「まえがき」より。