Q165:幸之助の以下のエピソードで当てはまるものは?

昭和45(1970)年、日本万国博覧会(大阪万博)が開催され、松下電器は松下館を出展しました。松下幸之助は、開館のテープカットを2回行なっていますが、なぜでしょうか?

(1)写真を撮りなおすため

(2)テープが切れなかったため

(3)松下館が二カ所に分かれていたため

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解答&解説コラム

(1)が正解です。

 昭和45(1970)年3月15日から9月13日までの183日間、大阪府吹田市で日本万国博覧会(大阪万博)が開催されました。松下電器を中心とした松下グループは松下館を出展しています。天平時代の様式を取り入れた松下館は約3,000坪の敷地に建設され、5,000年後に開封するタイムカプセルとその収納品が展示されました。当時の文化や文明を象徴する2,068点が選ばれており、同年1月発行の『PHP』誌第269号と幸之助の著書『道をひらく』も含まれています。

 松下館の開館式は、万博の開幕に先立つ同年2月25日に催されました。松下館へ向かう橋の入り口で、まずテープカットのセレモニーが行われましたが、カメラマンたちに対して、幸之助は背を向ける形になりました。これに対してカメラマンたちから要望があり、テープを張りなおして、今度は松下館に背を向け、カメラを正面にして、改めてテープカットが行われています。松下館の開館を世間にアピールした写真は、2回目に撮影されたものでした。

 開館中は皇太子夫妻(現上皇夫妻)も訪問し、幸之助みずから案内役を務めました。万博が閉幕して後、昭和46(1971)年1月、大阪城前に2基のタイムカプセルが埋められ、5,000年後まで文部科学省が管理することになっています。