Q169:幸之助の以下のエピソードで当てはまるものは?

松下電器では、かつて新年最初の出荷を「初荷」と呼び、にぎやかに行なっていました。この「初荷」をやめるきっかけになったできごととは何だったでしょうか?

(1)週休二日制の導入

(2)熱海会談

(3)オイルショック

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解答&解説コラム

(2)が正解です。

 松下電器では、昭和5(1930)年から、新年で最初の出荷をにぎにぎしくお祭りのようにする「初荷」と呼ばれる行事を行なっていました。大阪船場の商人の風習を大切にしようという趣旨で、終戦後も続けられていました。

 一方、高度成長のひずみから、昭和39(1964)には、松下電器の代理店や販売会社の業績が悪化しつつありました。その窮状を直接尋ねるため、松下幸之助は同年7月、関係者を熱海ニューフジヤホテルに集める「熱海会談」(全国販売会社代理店社長懇談会)を開きました。

 会談を通じてもっと取引先の状況を詳しく知る必要があると考えた幸之助は、その後の調査で、「初荷」に対してあまりかんばしくない意見も聞くことになります。「気持ちはうれしいが、狭い道路に大勢の人が一度に集まると近所迷惑になる」。

「初荷」は昭和39年正月を最後に、以後は開催されないこととなりました。それでも関係各社とのきずなを大切にしたいという松下幸之助の思いは変わらず、松下電器は代わりに月刊誌『PHP』を関係会社に毎月贈呈することにしました。今度はこれがきっかけとなって、『PHP』誌が社会に広く知られるようになったのです。