ある幹部社員が病に倒れ、入院した。「一年くらいの療養が必要」「絶対安静」「面会謝絶」とつぎからつぎに出される医師からの宣告に、すっかり気落ちしてうつうつとベッドに身を横たえていたときである。幸之助が突然ひょっこり見舞いに訪れた。

 

 予期せぬ訪問に驚き、起き上がろうとする社員を、「起きんでもええ、起きんでもええ、病人は休んでおるもんや」と制して幸之助は言った。

 

 「きみ、病状はお医者さんから聞いたけど、どうやねん。このお菓子な、さっき食べたらおいしかったから持ってきたで。甘くも辛くもないよって、お医者さんも、これやったらええやろうと言われたわ。よかったら、あとで食べてみたらどうや」

 封が開いてはいるが、医者にも許しを得た菓子であった。

 

 「きみ、病気してよかったな。せっかく病気したんや、病気を大事にしいや。きみも知ってのとおり、ぼくは若いころから体が弱かった。よう病気になったけど、今はその病気に感謝してるで。きみも感謝しなあかん。
 ぼくはな、病気ばかりしていたけど、病気から逃げたことはなかったで。病気と仲よくつきあってきたんや。きみも、病気を恐れとったらあかん。病気は恐れて逃げとったら、あとから追いかけてきよるで。きみが病気と仲よく親しんで、これも修練と積極的に近づいていけばいくほど、向こうから逃げていきよるんや。病気と親しくなれば、病気のほうから卒業証書をくれるもんや。
 きみな、お医者さんの言われることはよう聞かなあかんで。そやけど、ほんとうの主治医はきみ自身や。お医者さんは、きみにとってのいちばんのアドバイザーや。
 大丈夫、きみの病気は必ず治るよ。病気を大切にして、治ったら病気に感謝しいや。病気さんありがとうという気持ちで、何か記念行事をやりや」