あるとき、すでにかなりの地位にある社員が、ふとした過ちを犯した。これは見過ごしにはできないということで、幸之助は譴責状を渡して注意することにした。
「きみのやったことに対して譴責状をあげようと思うのだが、もしきみに多少とも不満があるのなら、こんなものはもったいなくてあげられない。だからやめようと思う。しかし、きみがほんとうに“なるほどそうだな”と感じるのであれば、きみは今後反省して、非常に立派な人間になってくれると思うから、それだけの手数をかけても価値があると思う。けれども“叱られるのはつまらんが、まあしかたがないな”というんであれば、ここにこうして書いてあるのだが、あげるのはやめておこうと思うんだ。きみ、どうだね」
「はい、頂戴したいと思います」
「きみ、ほんとにぼくの言っていることがわかるか。心からうれしく思うかね」
「ほんとに思います」
「それなら結構だ。ぼくは喜んで譴責状をあげよう」
そこへちょうど、その社員の同僚と上司とが来あわせた。
「ああ、きみたち、ちょうどいいところに来た。きみたちも立ち会ってくれたまえ」
幸之助はその経緯を説明した。
「いま彼に譴責状を渡そうと思う。喜んでもらうということだから、ぼくは非常に愉快な気持ちだ。いま読んでみせるから、きみたちもいっしょに聞いてくれ」
そのあとで幸之助は、三人を並べてこんな話をした。
「ぼくは、きみたちは幸せだと思う。こうして譴責してくれる人がいるということはいかにうれしいことか。しかしもし、ぼくが何か間違いを犯しても、叱ってくれる人はいない。陰で“けしからん”とは言っても、面と向かって言ってくれる人はいない。だから、気づかないうちに過ちを重ねることにもなりかねない。幸いきみたちには、ぼくやその他の上役がいるから叱ってもらえるんだ。
こういう譴責状をもらえるなどという機会は、これから上へ行けば行くほど少なくなるのだから、この機会を非常に尊い機会だと思ってもらいたいものだね」